2016年6月13日

ドライブの同乗者


 朝食前に市内をドライブ。初夏の風が、頬に心地よい。

途中で車いすのおじいちゃんを乗せ、急坂にかかる。愛車は、電動リフトがついた福祉車両。軽自動車でも、重さ1トン。ろくに進まず、足で漕ぎたくなる。

今日の行き先は、山麓の病院。戦時中、負傷兵の療養所だった古い建物。

 退職、引っ越ししてすぐ、この仕事を始めた。バンコクや信州にいるとき以外、週3~4日ハンドルを握る。基本的にボランティアだが、NPOの規則で「迎車料金」「介助料金」として、片道数百円を受け取る。

運転免許の有効活用。技量の維持。町の地理を覚えられる。地元のお年寄りと顔見知りになる。小遣い稼ぎ。そして、たいてい喜ばれる。一石六鳥。

今朝のおじいちゃんは、乗ったときからしゃべりっぱなし。彼は昨年、新しく2世帯住宅を建て、娘一家と暮らしている。新生活を始めたものの、娘とはなにかと衝突し、中高生の孫2人ともすれ違う。耳が遠くなり、よけい会話がかみ合わないようだ。

はあ。ほう。ふ~ん。

年を取っても、それなりに悩みはあるもんだ。

料金所を過ぎてバイパスに乗れば、左手には青い海。漁船が白波を立てている。正面には、深緑の山並み。

おじいちゃんの声が止む。バックミラーを覗くと、窓から外を見ている。故郷の風景が、いっとき全てを忘れさせてくれる。

ある日、小柄なおばあちゃんを乗せた。町はずれの市営アパートにひとり暮らす彼女も、病院までの20分間をしゃべり倒す。

「きれいに咲かせた庭の花、夜中に除草剤まかれて、全部枯れちゃった。犯人は絶対、○号室の人。出歩けなくなってから、花だけが生きがいなのに」

 病院で診察を終えた帰り、唐突に「ホームセンターに寄って!」

慌てて左折。車を店の駐車場に置き、カートを押してお供する。30分かけて、鉢植え5個、腐葉土10キロ、肥料5キロをお買い上げ。アパートまで運ぶのが大変だったが、その頃には機嫌が直っていた。

今日2人めも、そのおばあちゃん。病院ではなく、銀行に行きたいという。

一昨日、通帳とカードをなくし、家じゅう探した。心配で食事がのどを通らず、2日間ジュースだけ。けさ、たんすの引き出しから発見。紛失を知らせた銀行に再び連絡すると、「電話でなく窓口に来て下さい」と言われた。

銀行からの帰り道。腰が曲がったおばあちゃん、助手席でさらにうなだれている。違う印鑑を持ってきてしまい、お金を下ろせなかったらしい。

しばらく黙っていたと思ったら、やおら「吉野家に寄って! 牛丼食べたい!」

足の不自由なおばあちゃんに代わって、駅前の吉野家に使い走り。牛丼並盛を持ち帰る。車内がつゆの臭いで充満する。アパートの玄関先で牛丼を手渡すと、

「吉野家の牛丼、何年ぶりかな・・・少し気が晴れた」

焦って怒ってしょんぼりして、最後に笑顔が戻った。


この1年で、車に乗せた2人が亡くなった。他愛ない会話を大切にしたい。



 

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