5階建て市営団地の最上階に、足と心臓の悪いシゲコさんは暮らしている。
月1回の通院日に、車いす仕様の介護車両で迎えに行く。団地の入り口で待つが、シゲコさんは現れない。
エレベーターのない団地の階段を、5階まで上がる。呼び鈴を押そうとすると、マジックで「ドアをノックして下さい」とある。数回ノックしたが、応答がない。自宅の電話に掛けてみると、留守電になっている。
団地の周りをウロウロしていると、自治会長のおばちゃんが出てきた。事情を話すと「シゲコさんはね、前も薬を飲みすぎちゃって、救急車で運ばれる騒ぎがあったのよ」と、少し迷惑そうに言う。そのまま、どこかへ行ってしまった。
我がNPOのボスが、ヘルパーに連絡してくれたが、どうにもならないという。一緒に飲んだばかりの、社会福祉協議会のHさんに助けを乞う。合鍵を持っている民生委員に当たってくれたが、電話がつながらない。
なおもウロウロしていると、1階のおばあちゃんが買い物かごを下げて出てきた。シゲコさんが下りて来ない、と話すと顔色を変え、「あの人は一人で出歩けるような人じゃない。部屋で倒れてるかも知れない」と言う。
以前、シゲコさんを病院に送ったことが1回だけある。会うなり「これ持って!」と手提げを突き出し、やおら四つん這いになって、団地と車道との段差を降り始めた。ぶっきらぼうな口調で、北海道の寒村で生まれたこと、16歳で出会った夫と最近死別し、息子とも離れて独り暮らししていること、子どもの頃「明日おじさんが死ぬ」と予言したほど霊感が強いこと、など話してくれた。
再度、一緒に5階に上がる。「そんな叩き方じゃ聞こえないよ」と、おばあちゃんはドアをガンガン叩き、「シゲコさ~ん」と叫ぶ。応答なし。
反対側から非常階段を上り、柵を乗り越えバルコニーに不法侵入を試みる。窓にはカギがかかっており、中の様子はカーテンで見えない。前回、救急隊員は風呂場の窓から室内に入ったそうだが、その方法も使えない。
1時間以上が経ち、次の予定があってその場を離れた。後で聞くと、シゲコさんは部屋で動けなくなっていて、救急搬送されたという。間一髪だった。
人工透析と腰痛のため週3回、病院通いしていたシズエさん。車に乗っている間じゅう、「痛い、痛い」とうめき声を上げる。本人はもとより、乗せる私も地獄だった。シズエさんは先月入院したまま、いまだ連絡がない。
白血病で毎週の輸血が必要だったカズコさんも、ある日病院に送っていくと、そのまま緊急入院してしまった。残された夫も足が悪く、一人ではどこにも行けないはずだ。その後、送迎の予約が入らないので、チャリンコで様子を見に行く。自宅はすべての雨戸が閉められ、ひっそりと人けがなかった。
腎臓病で週3回、透析に通うサトルさん。いつもは15分前に、歩行器にすがってアパート前で立っているのに、今日は姿が見えない。そういえば最近、透析中に血圧が下がってしまい、処置に時間がかかることが多い。
ドアを叩き、名前を呼ぶ。緊張が走る。
何度目かで、「鍵開いてるよ~」と眠そうな声で返事があった。「どうしたの~?」「もう8時半です」「え、そんな時間?寝坊しちゃったな~。まだ朝ご飯食べてないし、どうしようかな~」「でも病院の予約があるんですよね」「そう、そうだよね~。じゃあ行きますか~」「・・・・・」
この人は・・・大丈夫だ。
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