雨上がりの夜明け、何者かが家を強くノックする音で目覚めた。固くとがったもので、力いっぱい屋根を叩いている。家じゅうに打撃音が響き渡り、あわててカーテン越しに外を伺う。
キツツキと目が合った。
我が山荘の屋根は、すでに7つものキツツキの穴。ひとつ塞ぐのも、業者を頼めば相当な出費だ。心地よい森の効果音も、今となっては目の敵。窓を開けて追い払うと、奴は涼しい顔で、隣の山荘に穴を開け始めた。
朝食前に、紅葉の森を散歩する。都会との10度近い温度差に、手がかじかむ。突然、目の前に3頭の鹿が現れ、林道を跳躍して音もなく茂みに消えた。一瞬の出来事は、白昼夢のよう。
30年来の借り家暮らしで車もないのに、標高1600メートルの森に山荘を買ってしまった。冬になると雪が腰まで吹き溜まり、玄関までたどり着けなくなりますよ、と不動産屋が脅す。かなりの山奥だ。
前の住人が手放してから、数年間空き家になっていた。まず管理会社に頼んで、電気、水道、ガスを通してもらう。布団と洗濯機は、宅配業者が合鍵で勝手に搬入してくれる。そして今回、レンタカーに生活道具を満載し、実際に泊まってみた。
恐る恐る、冷え切った暗い室内に入る。スイッチを入れ、電灯をつける。生命線の暖房は、無事に点火した。水も出る。お湯も出る。トイレも流れる。ガスコンロの火もつく。何とか夜を越せそうだ。
家の外を点検すると、100リットルは入る大きな灯油タンクと、4本並んだプロパンガスボンベが冬の厳しさを物語っている。
ひと通りの清掃を専門業者に頼んだので、室内はきれいになっている。窓という窓を全開して風を通し、床や木の壁を布で拭く。玄関を塞いでいた枯れ木を、のこぎりで切り倒す。少しずつ、家を生き返らせていく。
ふと手を休めて、窓から森を眺める。枯れ葉が音もなく空を舞い落ちていく。バルコニーに出れば、充満する木の香り。日が落ちると、圧倒的な闇の深さと、静寂が周囲を支配する。
これまで25年間に8回、会社の辞令で国内外を転々とした。退職後は順番を逆にして、自分たちが暮らしたい場所に住むことを優先した。地方都市と東南アジアを行き来する考えだったが、山暮らしも加えた3か所になってしまった。
自称「貧乏な大橋巨泉」。夏の間は、この山荘で暮らしたい。
ただ、この家はろくにネットがつながらない。ケータイの通話さえ途絶えがちで、自分が世間から消息不明になってしまう。本田直之、高城剛のようなハイパーノマド生活は、ここでは無理だ。
今日、のこぎりで木を切っていて、「こういう森の仕事も悪くないな」と思った。が、直径15センチの枯れ木で息を切らしているようでは、林業者にもなれない。
引っ越した翌日には仕事ができるサラリーマンは、ある意味幸せだ。住処を先に決めてしまった私は、車で30分かけて、麓の町のハローワークに通勤するかも知れない。
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