K塾東京校・S先生の心理学概論は、いつも緊張感に満ちている。
顔を覆うマスクから露出した鋭い目で、眼光ビームを飛ばしながらの講義。時おり5~10秒ほどの不気味な沈黙が挟まり、ますます生徒の緊張をあおる。
S先生の講義をオンライン視聴していると、自分は名古屋校を選んでホントよかったなぁ、と思う。
「ところでみなさん、ゴキブリを素手で掴めますか? 私は掴めます」
生徒を睨みつけるように8秒間沈黙したのち、おもむろにS先生が言った。
先生が解説する「レスポンデント条件づけ」理論によると、人がゴキブリを怖がるのは、ゴキブリを見た母親が「キャーッ!」と叫ぶのを目撃するうちに、いつの間にか「ゴキブリの姿→恐怖反応」と学習した結果なのだという。
「なにしろ大昔、ゴキブリは人間の食料だったんですから」
そして、この恐怖は生得的なものでなく「誤った学習の結果」なので、再学習により「消去」することも可能だという。
そうかなー、自分は一生、ゴキブリを怖がりそうだけど…
「ところで皆さん、鼻くそをほじったことはありますか? 私はほじります」「でも、時と場合によります」
この唐突な発言は、「客体的自覚理論」の講義中に飛び出した。人は、他人がいる時といない時とでは、行動がまるっきり違ってくる、という話だ。
そういえば、学生時代に旅したバンコクのデパートで、きれいな女子店員が、鼻の穴に小指を突っ込んでいたっけ。ここ最近は残念ながら(?)、そういう光景を見ることはなくなった。
社会的規範は、時とともに移ろうものらしい。
「人は生まれた時から性欲を持っており、性感帯が口唇(0~1歳半)から肛門(~3歳)、男根へと移っていく(男児の場合)。4歳ごろから母親への性愛感情を抱くが、父親に復しゅうされペニスを奪われる、という不安を募らせる」
フロイトの「心理―性的発達段階説」を解説しながらS先生、猛烈にフロイトを罵倒した。確かに「ホンマかいな?」と思うような理論だが、一世紀を経てなお心理学の教科書に載るということは、それなりに真実なのかも知れない。
「フロイトは、ただのエロジジイ。天才的なエロジジイです」
「20世紀の思想の巨人」を、公然と「変態」呼ばわりするS先生。フロイト派が多いK大学やG大学の先生には、ちょっと聞かせられない講義だ。
予備校のカリスマ講師は、かくも個性が強いのです。
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Shanghai China, 2025 |
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