2025年5月30日

セラピストを目指すワケ①

心理系大学院受験の予備校では、現役大学院生から直接アドバイスを受けられる。

アポを取って3人めにお会いしたKさんは、東京出身の50代女性。とても柔らかい雰囲気の人だ。

Kさんが大企業で働いていた時、同じ職場の女性が相次いで心を病み、離職していった。なすすべもなく、それを見送るしかなかった。

もし自分に心理学の知識があれば…

と、50歳で退職し、名古屋の大学に入学した。

「ど、どうしてまた名古屋に?」

「日本で最初に心理学部を作ったのが、名古屋のC大学なんですよ」

卒業後は公認心理士の資格を取り、産業カウンセラーとして働く女性を支援したいという。

 

早稲田大教授で人類学者の長谷川眞理子氏は、「女性活躍を本気で考えている日本企業はごく一部」だという。だが、希望もあるらしい。

以下、日経ビジネス電子版の同氏インタビューから一部を紹介します。

・米国で第2次トランプ政権が立ち上がり、DEI(多様性、公平性、包摂性)の方針を撤回する動きが広がっている。西洋文化は歴史的に女性に対する差別的感情が根深く、トランプ政権を機に逆回転が始まってしまった

・そもそも米国は基本的に西部劇のような文化。白人の男性が荒野を切り開いて国をもり立ててきた。黒人や女性などのマイノリティーを差別してはいけないと頭では理解していても、文化の根本はやはり西部劇。DEIに嫌悪感を持つ白人男性は多い

1780年代から英国で奴隷貿易を禁止する動きが始まったが、最終的に制度が消滅したのは1888年。約100年もの歳月がかかったのは、奴隷がいなければ成り立たない経済ができてしまっていたから

・男女の溝は根深く100年以上かかると思われるが、ダイバーシティーを進めたほうが経済に良い影響をもたらすと明確になれば風向きが変わるはず

・日本政策投資銀行が特許の経済価値と開発チームの男女比の関係性を調べたところ、同性のみのチームよりも、男女混合のほうが経済価値の高い特許を生み出していた。様々な意見が出されることで、使い勝手の良い特許になる

・日本は男女が共に働く農耕社会だったため、本質的な対立は西洋ほど根深くない。明治時代に西洋文化を取り入れるまで、男女はほぼ平等だった

・男性ばかりの日本企業がうまくいっていたのは、やるべきことが明確な高度経済成長期だったから

・多様な価値観を持つ人が一緒に働くと最初は生産性が落ちて苦労するが、課題に対する新たな解決策が見つかるなどの効果も出てくる

・米国での反DEIの動きも、長い目で見れば一時的な揺り戻し。4年後には以前の状態に戻っていても何ら不思議ではない

・「反DEIの波に翻弄されるな。日本企業はぶれない軸を持て」

Nongkhai Thailand, 2025


2025年5月23日

快楽原則、道徳原則


久しぶりの横浜で。

昼過ぎのJR京浜東北線で横浜から関内に向かっていた時、初老の男性が、すぐ近くに座っていた中年女性に歩み寄った。

「携帯電話での通話はご遠慮ください」

その時初めて、女性がケータイを耳に当ててヒソヒソ話をしているのに気がついた。男性はそれを、遠くから目ざとく見つけたようだ。

そそくさと通話を終えようとする女性。その耳元に思い切り顔を近づけた男性が、今度は怒気を含んだ大声を出した。

「携帯電話での通話はご遠慮ください!」

女性に怯えた表情が浮かび、慌ててケータイを切る。その時ちょうど、駅に着いてドアが開いた。逃げるように、ホームに降りる女性。

その背中を追いかけて、3度めの大声が響く。

「携帯電話での通話はご遠慮ください!」

 

精神分析の創始者フロイトは、人の心が「イド」「自我」「超自我」の3つで成り立っているとした。快楽原則に基づく「イド」を、道徳原則に基づく「超自我」が検閲し、現実原則に基づく「自我」がその2つを調節する。

予備校で心理学概論を教わっていた時、講師のミヤガワ先生が呟いた。

「最近の日本人は、ちょっと超自我が強くなりすぎている気がしますねー」

 

名古屋から2時間半のフライトで向かった、週末の上海。

日が暮れると黄浦江沿いの西洋建築がライトアップされ、歩道は人であふれる。中国の人たちは元々声が大きいが、解放感に浸ってますますボリュームアップ! すごい騒ぎになっていた。

若いカップルの愛情表現もストレートだ。「公衆の面前で」なんて、ハナから気にしていない。あちこちで熱いキスを交わしている。

(思い返せば昭和のニッポンでも、カップルが電車内でキスしていたような…)

老若男女ともども、感情豊か。休日の高揚感がビンビン伝わってきた。

 

日本の子どもは、

「人さまに迷惑をかけないようにしなさい」と教えられる。

中国の若い世代は、

「人に迷惑をかけないで生きるなんてムリ! だから、あなたも他人に寛容でありなさい」と言われて育つのかも。

「イド」(快楽原則)を大切にする生き方も、それはそれで悪くない。

 

帰国の朝、空港行の上海地下鉄2号線に乗った。

平日の車内は意外にも(?)、東京メトロ並みに静かだった。 

Shanghai 2025


2025年5月16日

上海のお上りさん

 

初めて中国の土を踏んだのは、20歳の時。

当時は車が少なく、街は自転車の海。人々はみな、灰色の人民服姿だった。

ジーンズとTシャツで街を歩いていると、1キロ先からでも外国人とわかってしまう。四方八方から、ものすごい視線が飛んできた。

その後、かれこれ10回ぐらい中国に行った。学生時代の夏休みは新疆ウイグル自治区からチベットのラサまで、長距離トラックをヒッチハイクしながら中国大陸を縦断した。

卒業後は報道カメラマンとして、登山隊の取材でチベットへ。雪山にテントを張って3か月過ごした。

10万人の死者を出した四川省大地震の取材では、ズタズタに寸断された道を、自転車と徒歩で震源地へ。被災者のテントに転がり込んで、その片隅で夜を明かした。朝起きてみると、一夜にして髪が真っ白に。

「ボクも苦労したんだなぁ…」一瞬、感慨にふけりかけた。

何のことはない、枕にした小麦粉入りの麻袋が破れただけだった。

 

コロナ以降、ずっと入国制限をしていた中国政府が最近、日本人にもビザなし渡航を認めるようになった。

そうだ、久しぶりに中国に行こう! 

名古屋の予備校で講義を受けたその足で、中部国際空港から上海に飛んだ。

海外旅行なのに、なぜか上海に着いても非日常感が少ない。思い返せば、名古屋で定宿にしている「東横イン」がいつも中国人の団体に占拠されていて、出発前から「ここは本当にニッポンか?」という状況なのだった。

大都会・上海は、道行く人が洗練されている。ユニクロを着て歩く私は、透明人間並みに無視される。昔はもっと注目してもらえたんだけどなぁ。

自慢じゃないけど、中国語は「トイレはどこですか?」しか話せない。

仕事で大連に行った時、美人のウェイトレスさんに旅慣れた口調で尋ねた。

「厠所在哪里?」

ウェイトレスさん、なぜか無言。

隣にいた、某新聞北京支局長のYさんが赤面している。

「あのねミヤサカさん、現代中国では、もうトイレのことを厠所なんて言わないんです! 洗手間(シーショウジェン)と言って下さい!」

今回、Y支局長に「中国はキャッシュレス社会だから、現金なんか持ってても何もできませんよ」と脅された。だから出発前、スマホにAlipayのアプリを入れ、クレジットカードと紐づけておいた。

おかげで地下鉄にも乗れたし、食事にもありつけた。

街を走るバイクは100%電動で、音もなく近づいてきて危ない。クルマもEVが多い。何度か乗った二階建てバスも電動で、静かなのに加速が強烈だ。

ホテルでエレベーターに乗ろうとしたら、小学生ぐらいの背丈の円筒形ロボットがついてきた。何やら、ひっきりなしに中国語で呟いている。

颯爽と16階で降りて行った。

フロントスタッフに聞くと、きれいな英語で事もなげに言う。

「彼には、お客様に歯ブラシを届けに行ってもらいました」

ハイテク中国!

Shanghai, May 2025


2025年5月9日

「わからないこと」「忘れること」が大事

 

「自尊感情」と「自己肯定感」。

この2つの言葉の違いが、よくわからない。

名古屋の予備校で臨床心理学の講義を受けた後、講師のミヤガワ先生に質問に行った。丁寧に説明して頂いたのだが、それでもわからなかった。

「コフートは自己愛の概念を整理して、自己愛心理学を確立しています」

「自己効力感なんていう言葉もありますよ」

…聞けば聞くほど、わからない。

心理学は「こころ」という目に見えない対象を扱う。

すっきりした正解は、最初から期待しない方がいいのかも。

 

『知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか』 デビッド・ロブソン著 日経ビジネス人文庫

本書によれば、知性を高めるためには「わからない」と思う状態が必要なのだという。

(日経ビジネス電子版に掲載された抜粋を、さらに抜粋しておきます)

・ピアノ、新たな言語、あるいは新たな仕事など、新たなスキルを身につけようとしている時に、あなたが「日々たくさん学ぶほど、最終的な学習量も多くなる」「理解しやすい内容ほどたくさん覚えられる」「忘れることは非生産的である」と考えたとしたら、それらはすべて誤解

・最新の神経科学では、わからないと思っている時こそ学習効果が最大に高まることが明らかになっている

・学校の教科書で、見栄えのする図や箇条書きなどわかりやすい形で提示することは、かえって長期記憶を妨げる。専門的表現や微妙な言い回しを多用し、潜在的問題や矛盾する証拠を示す複雑な資料を読ませた方が学習成果があがる

・わからないということは否定的にとらえられがちだが、実際にはそれは何かを学び、深く理解するチャンスなのだ

・また、1日の成果を意識的に抑えるほど、翌日の成果が高まる

・イギリス郵便公社の職員1万人がタイピングとキーボードの使い方を練習したところ、1日1時間練習したグループで一番上達の遅い職員が、1日4時間練習したグループで一番上達の速い職員より短い時間で技能を習得した

・学習を小さな塊に分割することで、学んだことを忘れてしまう時間ができる。次に学習を開始したとき、何をすべきか頑張って思い出さなければならなくなる。この一度忘れ、再び覚え直すというプロセスが記憶痕跡を強め、長期的にはより多くを覚えていられるようになる

・この一旦忘れて学習し直すというプロセスはつらいからこそ、長期記憶が促されるのだ

Cebu Philippines, March 2025


2025年5月1日

週末は予備校生

 

ミヤガワ先生は、名古屋の大学院受験予備校で心理学を教える47歳。

小学4年生を筆頭に、3児のパパだ。

ある日、仕事で大阪に出たミヤガワ先生、用事を済ませてハタと思い立った。

「そうだ、話題の大阪万博に行ってみよう!」

ChatGPTに道順を聞きながら、電車を乗り継いでいく。

すると、やがて街並みの向こうに…

あろうことか、「太陽の塔」が見えてきたという。

「…やっちゃった!」

そして同時に「あぁ、家族が一緒じゃなくてよかった!」

ホッと胸をなでおろしたそうだ。

 

4月から、金土日の2泊3日で名古屋に行き、ミヤガワ先生に「心理学概論」「臨床心理学」「心理統計法」を教わっている(心理英語は別の先生)。

実は去年、独学で心理系国立大学院の入試に挑戦し、見事に玉砕したのだ。

受験科目は心理学(すべて論述問題)と英語(研究論文の読解)。さらに修士論文を念頭にした研究計画書の提出も求められ、面接もある。

2月に受けた春季試験の競争倍率は10倍だった。想像以上の狭き門、しかもライバルは心理学部の現役4年生ばかり。こりゃ、合格まで100年かかりそうだぞ…ということで、予備校に通うことにした。

長野の自宅から2時間かけて名古屋に出て、ビジネスホテルに2泊する。最初の週は、いきなり市内のホテルがどこも満室! 隣の知多市にやっとひと部屋見つけて事なきを得た。

偶然、鈴鹿サーキットの開催日と重なっていたようだ。

そんな苦労はあっても、生で聴くミヤガワ先生の講義は、毎回抜群に面白い。

去年、先生が著した参考書をほぼ丸暗記しているのだが、その付け焼刃で平面的な知識が、どんどん立体的になっていく。

モノクロームの知識が、色鮮やかに彩られていく。

志を同じくして学ぶ生徒は15人ほどで、雰囲気はアットホーム。そして、校内には現役の大学院生が詰めていて、相談に乗ってくれる。

講義をオンラインで視聴する「通信コース」も選べたが、やっぱり通学コースを選んでよかった。

 

修士論文を書いて大学院を卒業し、試験を突破して公認心理士や臨床心理士になっても、給料は安い。そもそも、フルタイムで働ける職場が少ない。

キャリア的には「高学歴ワーキングプア」一直線だ。

そこまでして心理専門職を目指す人は、きっと何か熱いものを内に秘めているのだろう。

(こうして傍観者を装って自分が不合格だった時の口実にすることを、心理学用語でセルフハンディキャッピングという😁)

Nagoya Japan, April 2025


真夜中の避難と正常性バイアス

  名古屋のビジネスホテルの、午前4時。 突然鳴り響いた、けたたましいサイレン音に飛び起きた。 「 12 階で火災発生! すぐに避難して下さい!!」 人工音声のアナウンスが流れる。 げ… たしかこの部屋は、最上階の 14 階だ。 これは…マズいかも… ...