2023年8月11日

一期一会

 

たとえ空調完備の病院でも、重病の患者さんに今年の夏は過酷だ。

1週間の間に、緩和ケア病棟に入院中の4人が、相次いで亡くなった。

 

Sさんは、差額ベッド代がいちばん高い個室の主だった。

元気なころは、ずっと造園業にたずさわってきたという。

「バブル景気の時は、軽井沢の金持ちの別荘まで行って、1本10万円で庭の木を切ったよ。そりゃあ儲かったぞ」

坊主頭に、濃い眉毛。いかつい顔に似合わず、一杯のお茶にも「ありがとう!」と言ってくれる人だった。

Sさんには、年の離れた美しい女性が、しょっちゅう見舞いに訪れた。外泊許可を取り、Sさんを車いすに乗せて温泉に連れ出し、数日して戻ってくる。

そんなことが、何度か繰り返された。

最後に病院に帰ってきた時、Sさんの頬はげっそりこけ、ベッドに横たわると、もう起き上がる力もなかった。

女性が泊まり込みで付き添った翌日、Sさんは息を引き取った。知らせを受けた親族が到着する直前、女性は看護師に別の階段に案内され、去っていった。涙声で「ありがとうございます」と繰り返し、何度も頭を下げながら。

妻でも血縁者でもない女性がSさんに付き添うことに、病院側は戸惑っていた。でもSさんは、彼女から献身的な介護を受けるに値する、人間的魅力のある人だった。

 

Mさんは、私と同い年の58歳。病気のためか声を失っていて、いつもささやくように話す。寝たまま浴槽に浸かれる「機械浴室」の利用者が多い中、自力で風呂に入れる数少ない患者さんだった。

ある日、Mさんの担当ナースに「一緒にお風呂に入ってあげて」と頼まれた。Mさんは両足が腫れあがり、パンツを脱ぐときや浴槽をまたぐとき、手助けが必要になっていた。

「昨日までは、ぜんぶ自分でできたんだけどなぁ」

と、無念そうなMさん。それでも、

「この炭シャンプーいいですよ。女房がネットで取り寄せてくれたんです」

と言いながら自分で洗髪し、ドライヤーで念入りにヘアスタイルを決めていた。ほとんど何もしていない私に、入浴中12回ぐらい「ありがとうございます」と言ってくれた。

まさかその翌々日、Mさんが逝ってしまうとは…

 

この病棟では、いつ別れの時が来るかは、予測不能だ。

一期一会。

SさんとMさんのことは、きっと忘れないと思う。

Kuramae Tokyo, Summer 2023


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