2023年7月28日

週末の台北

 

看護師長が4週ごとに作る、緩和ケア病棟の勤務表。

新しい勤務表を眺めていたら…

おっ、5連休がついてる!

すかさず、台湾に行ってきた。

 

往復は、ネット検索で安かったキャセイ・パシフィック航空。

この香港ベースのエアラインは最近、客室乗務員が

「英語でブランケットと言えないなら、もらえない」

と中国本土の乗客を嘲笑し、その様子がSNSに流れて炎上したらしい。

そんな一件はあっても、機内サービスには定評があるキャセイ航空。満席の機内に乗り込むと、赤い制服の乗務員が、通路を小走りに駆け回っている。

「廊下は走らない!」と学校で習わないのかなあ。

同じ東南アジアのエアライン、タイ国際航空には200回以上乗ったが、乗務員が通路を走る姿には、ただの一度も出会わなかった。お国柄の違いか、それとも会社のカラーなのか。

どんなに忙しくても決して急がない、タイ航空の優雅さが好きだ。たとえ、着陸直前まで機内食にありつけなかったとしても…

機内は、かなり冷房が強かった。北京語も広東語も話せないので、小さな声で「毛布下さい」と英語で頼んだら、無事にもらえた。

 

久しぶりの台北は、とても暑い。

沖縄より南に来たんだから、まあ当たり前といえば当たり前だ。

台北在住の友人に、お粥専門店に連れて行ってもらう。最近こそ落ち着いている台湾だが、ペロシ米院内総務が来た時は、中国海軍にぐるりと包囲され、かなり怖かったという。

週末の西門や中山界隈は、相変わらず若いカップルや家族連れでにぎわっていた。人々のリラックスした表情、優しそうな眼つきは、前と変わらないように思えた。

ある時、道を歩いていて、はたと気がついた。

同じ方向に向かう台北市民老若男女、ほぼ全員に追い抜かれるのだ。

以前は、こんなことなかったのに。

台湾の人が気ぜわしくなったのか、自分がトロくなったのか。

認めたくないけど、たぶん後者だ。


 成田空港でも台北の空港でも、チェックインや出入国審査がとてもスムーズ。ワクチン証明もPCR検査も、もう何も必要ない。

この気軽さが、とても嬉しい。

Louisa Coffee, Taipei, summer 2023


2023年7月21日

胃ろうで見る夢

 

「やっぱり朝風呂はいいなぁ」

首まで湯につかって、Iさん(80代・男性)が気持ちよさそうに目を閉じた。

長嶋茂雄ばりに胸毛の濃いIさんは、お腹に開いた穴から、チューブが突き出ている。朝昼晩、缶入り経管栄養を、その穴から胃に流し込んでもらう。

1缶200カロリー。1日6缶。

何も食べられず、何も飲めず、これで命をつないで、もうすぐ6か月になる。

「自分の体で人体実験してるようなもんだ。我ながら、よくぞ生きてる。いや、生かされている」

 

Iさんは、生涯を児童福祉に捧げてきた人だ。

最初は、40人の子どもを預かる児童養護施設に、住み込みで働いていた。

「子どもたちを、もっと家庭的な環境で過ごさせたい」

奥さんと話し合ったIさんは、親から虐待を受けた子など6人を、自宅で預かり始めた。

といっても、里親になることが仕事になり、それで給料をもらえるわけではない。だから昼間は、不登校の子を預かる別の施設で働いたという。

時には子どもが家出して行方不明になり、警察沙汰になった。それでも、我が子3人も入れて総勢11人がテーブルを囲む夕食は、とても楽しかった。話が弾んで、気がつくといつも2時間が経っていた。

そうやってIさんが自宅で養育した子どもは、18年間で29人になる。

 

60代でリタイアしたIさんは、念願の信州に移住した。でもやっと訪れた夫婦水入らずの生活も、長くは続かなかった。3年ほどで奥さんを亡くしている。

Iさんは、夫妻ともにクリスチャン。子どもたち3人も、

「別に強制してないのに、みんな洗礼を受けたよ」と、嬉しそうだ。

最近、大学生の孫娘がIさんにインタビューして、半生を卒業論文に書いた。

「図らずも自伝代わりになったなぁ。でも照れくさくて、実はまだ読んでないんだよ」

 

夏が来て、Iさんは病棟の七夕飾りに

「天の原 ふりさけ見れば 春日なる三笠の山に 出でし月かも」

と書いて結んだ。遣唐使の一員として19歳で大陸に渡り、二度と帰れないまま異国で生涯を閉じた阿倍仲麻呂に、病気に囚われた自分の心境が重なるのだという。彼も奈良の出身だ。

「最近、食べものの夢ばかり見るんだ。といってもご馳走じゃなくて、お茶漬けとか、みそ汁とか。ハッと目覚めて夢だとわかるんだけど、でもその時は、食べものが喉を通る気がしてね」

「もし妻が生きて傍にいたら、お茶漬け持ってきて!と頼んだろうな」

Rolwaling valley, Nepal 2023


2023年7月15日

赤いストレッチ・ジーンズ

 

先月お別れしたK子さん(95)は、同じ東京からの移住組ということもあり、よくその病室にお邪魔した。

最後まで、心の中に女の子が住んでいたKさん。その言葉を残しておきます。

「あなた立教ボーイなのね!私も夫を亡くしてから移住してきたの。ここで暮らすために73歳でクルマの免許を取って、90歳まで運転してたのよ」

「子どもは、息子と養女の2人。姉が早逝して、9歳だった女の子を引き取って育てたけど、その子も数年前に見送りました」

「夜中にこっそり晩酌するから、白ワインとKIRIのチーズ、SKIPPYのピーナッツバターを買って来て。SKIPPYは必ずチャンキーでね」

「小学校の同窓会で、Kちゃんていう男の子に再会してね、60年ぶりに。何回か会って、彼が亡くなる前にラブレターくれたの。『私はあなたに会うために生まれて来た』って。そういえば私は、誰かに恋い焦がれたことがない」

「19歳で結婚して、商社マンだった夫は、夜ご飯を作ってもほとんど帰って来なかった。夜中に帰宅するなり、いきなり『この家は売った、引っ越すぞ』という人だった」

「小学生だった頃は、Kちゃんちが港区の大地主だなんて知らなかった。もし彼と結ばれてたら、どんな人生だったかしら」

「95年間でいちばん楽しかったのは、60歳すぎてから。当時まだ珍しかったボーイスカウトの女性リーダーとして、日本中を飛び回った。社交ダンスも始めて、90過ぎまで高いヒールでステップ踏んでたのよ!」

(香道も嗜むK子さん、ある夜中に病室でお香を焚いてしまった。煙が充満して大騒ぎになった)

「(嬉しそうに)年の離れた男の人が何人も私のお見舞いに来るって、看護師さんの間で噂になってるらしいのよ!」

(春ごろから、K子さんは体を起こすのがつらそうになった)

「このところ食事が喉を通らなくて。生きられるのは、7月の96歳の誕生日までかな。それまでにもう一度、家で暮らしたいの。でも人の気配がないと寂しいから、ミヤサカさんウチに泊まってくれないかしら」

「何もしなくていいから。1日3000円払うから。もう長くはないから」

(そして、その翌週)

「あの時は、思いつきであんなこと言ってごめんなさい。とうとう、飲み物も喉を通らなくなった。私は、ここで枯れることに決めました」

「今週でお別れのつもりです。最後まで、おむつのお世話にならずに逝きたい。自分でトイレに行けなくなったら、注射で眠らせてもらいます」

ある金曜日の夜、K子さんは旅立った。夜勤明けの看護師さんに聞くと、「彼女のお望み通り」の最期だったようだ。

生前の希望通り、ナースたちに赤いストレッチ・ジーンズをはかせてもらったK子さん。まだお香の香りが残る510号室を、静かに去っていった。

Rolwaling valley, Nepal 2023


2023年7月7日

続・ゼロで死ぬ

 

「関西から来る女子高の八ヶ岳登山ガイド。往復ロープウェー利用、実働4時間。日当3万円!」

むむ。

魅力的なオファーが舞い込んできた。

でも結局、その日も時給933円の緩和ケア病棟で働くことにする。

終末期の患者さんの傍でさまざまな人生に接し、ふと口から漏れ出る心境に耳を澄ませることは、自分にとってかけがえのない経験なので。

 

前回に引き続き、「DIE WITH ZERO」(ビル・パーキンス著、ダイヤモンド社)の中身を紹介していきます。

・人生を最大限に充実させるための3大要素、「金」「健康」「時間」の全てが同時に潤沢に手に入ることは、めったにない

・若い時は健康で自由な時間もあるが、金はあまりない。老後生活を送っている人は時間が豊富にあり、たいてい金も持っているが、残念ながら健康状態は衰えている。中年期はバランスが取れているが、時間が不足しがち

・金でなく健康と時間を重視することが、人生の満足度を上げるコツ

・健康は、金よりはるかに価値が高い。健康状態が良好なら、たとえ金が少なくても素晴らしい経験はできる

・そして金から価値を引き出す力は、年齢とともに低下していく。経験を最大限に楽しめる真の黄金期は、一般的な定年よりもっと前に来る。この真の黄金期に、私たちは喜びを先送りせず、積極的に金を使うべき

・どれだけ働いて金を稼いでも、まだ稼ぎ足りないと感じる人は多い。だが膨大な時間を費やして働いても、稼いだ金をすべて使わずに死んでしまえば、人生の貴重な時間を無駄に働いて過ごしたことになる

100万ドルの資産を残して死んだら、それは100万ドル分の経験をするチャンスを逃したということ。それでは最適に生きたとはいえない

・オーストラリアの緩和ケア介護者ブロニー・ウェアは、余命数週間の患者たちに、人生で後悔していることについて聞いた。最大の後悔は「勇気を出して、もっと自分に忠実に生きればよかった」。2番目に多かったのは「働きすぎなければよかった」(男性患者の1位)

・人生を最大限に充実させるために、「資産を減らすポイント」を明確に作る。経験から多くの楽しみを引き出せる体力があるうちに、資産を取り崩していくべき。大半の人にとって、そのポイントは4560

・若い頃にネパールへ行くことについて。この手の旅行は年をとったら子育てや仕事で簡単にできなくなる。だから有り金を使って、一生に一度の経験をするためにネパールに旅立つ価値はある。それは無駄遣いではない

※著者ビル・パーキンスは1961年生まれのヘッジファンド・マネージャーです

Rolwaling valley, Nepal 2023


肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...