先月お別れしたK子さん(95)は、同じ東京からの移住組ということもあり、よくその病室にお邪魔した。
最後まで、心の中に女の子が住んでいたKさん。その言葉を残しておきます。
「あなた立教ボーイなのね!私も夫を亡くしてから移住してきたの。ここで暮らすために73歳でクルマの免許を取って、90歳まで運転してたのよ」
「子どもは、息子と養女の2人。姉が早逝して、9歳だった女の子を引き取って育てたけど、その子も数年前に見送りました」
「夜中にこっそり晩酌するから、白ワインとKIRIのチーズ、SKIPPYのピーナッツバターを買って来て。SKIPPYは必ずチャンキーでね」
「小学校の同窓会で、Kちゃんていう男の子に再会してね、60年ぶりに。何回か会って、彼が亡くなる前にラブレターくれたの。『私はあなたに会うために生まれて来た』って。そういえば私は、誰かに恋い焦がれたことがない」
「19歳で結婚して、商社マンだった夫は、夜ご飯を作ってもほとんど帰って来なかった。夜中に帰宅するなり、いきなり『この家は売った、引っ越すぞ』という人だった」
「小学生だった頃は、Kちゃんちが港区の大地主だなんて知らなかった。もし彼と結ばれてたら、どんな人生だったかしら」
「95年間でいちばん楽しかったのは、60歳すぎてから。当時まだ珍しかったボーイスカウトの女性リーダーとして、日本中を飛び回った。社交ダンスも始めて、90過ぎまで高いヒールでステップ踏んでたのよ!」
(香道も嗜むK子さん、ある夜中に病室でお香を焚いてしまった。煙が充満して大騒ぎになった)
「(嬉しそうに)年の離れた男の人が何人も私のお見舞いに来るって、看護師さんの間で噂になってるらしいのよ!」
(春ごろから、K子さんは体を起こすのがつらそうになった)
「このところ食事が喉を通らなくて。生きられるのは、7月の96歳の誕生日までかな。それまでにもう一度、家で暮らしたいの。でも人の気配がないと寂しいから、ミヤサカさんウチに泊まってくれないかしら」
「何もしなくていいから。1日3000円払うから。もう長くはないから」
(そして、その翌週)
「あの時は、思いつきであんなこと言ってごめんなさい。とうとう、飲み物も喉を通らなくなった。私は、ここで枯れることに決めました」
「今週でお別れのつもりです。最後まで、おむつのお世話にならずに逝きたい。自分でトイレに行けなくなったら、注射で眠らせてもらいます」
ある金曜日の夜、K子さんは旅立った。夜勤明けの看護師さんに聞くと、「彼女のお望み通り」の最期だったようだ。
生前の希望通り、ナースたちに赤いストレッチ・ジーンズをはかせてもらったK子さん。まだお香の香りが残る510号室を、静かに去っていった。
Rolwaling valley, Nepal 2023 |
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