「ミヤサカさ~ん、504号室が空いたから清掃お願いね~」
朝、出勤するなり、看護師長に声を掛けられた。
ここ緩和ケア病棟では、患者さんの退院先は、その多くが天国だ。
504号室の患者さんはひと月前、隣町の病院から転院してきた。最初は普通に話せたのに、昨日は下顎呼吸で、胸を大きく波打たせていた。
夜勤明けの看護師さんによると、明け方、静かに旅立ったという。
主がいなくなった504号室のベッドやテーブル、テレビ周りを念入りに拭き掃除する。ランチ休憩から戻ったら、もう見知らぬ次の患者さんが入っていた。
緩和ケア病棟は、他の急性期病棟に比べると、とても静かだ。
延命治療をしないので、心電図の電子音もない。
そんな午後のひと時、ナースステーションから笑い声が響いてきた。
看護師さんは、全員が女性。炸裂するガールズトークの中には、とても入っていけない。
「看護師はステーションに籠ってないで、もっと患者に寄り添うべき。パソコンを持ち込めば、看護記録だって病室で書けるんだから」
500人のナースを率いる、ヤマモト看護部長が言う。
最初はその通りだよな~、と思った。でも最近、考えが変わった。
余計な治療をしない緩和ケア病棟は、一見、看護師の負担が少ないように見える。でも担当した患者に誠心誠意、尽くせば尽くすほど、やがて必ず訪れる死別の時が、とても辛いものになる。
もしそんな辛い別れが、毎週のようにあるとしたら?
この病棟の看護師さんは、あえて病室で患者と共に過ごす時間を制限することで、自分の心を守っているのかも知れない。
患者とその家族という立場だった2年前、ナースステーションから聞こえる朗らかな笑い声に、とても慰められたことを思い出した。
最近、大事なタスクを任されるようになった。
「コーヒーお飲みになりますか?」
午後3時、各病室を聞いて回る。今日の希望者は6人。
もしかしたらこの一杯が、人生最後のコーヒーになるかも…
気合を入れて一杯一杯、丁寧にドリップして持っていく。
「あぁ、いい香り!」
沈みがちな患者さんの顔が、ほころんだ。
Fujinomiya Japan, Autumn 2022 |
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