2022年9月16日

おらおらナントカ

 

「この病院に、本はあるかね」

「ハイハイ、ありますよ~」

「ほれ、あの、おらおらナントカいう本」

「ハイハイ~」

 入院生活の長いYおばあちゃんの要望に応えて、看護助手のKさんが、ラウンジの本棚に走る。

「ハイ!」

Kさんが手渡したのは…

ふた月も前の、くたびれた「週刊女性自身」だ。

 呆然とした表情で、派手な表紙を見つめるYさん。

 いくらなんでも、それはないでしょ!

 

 その夜、「おらおらナントカ」という言葉を手掛かりに、ネット書店を探してみた。

「おらおらでひとりいぐも」 若竹千佐子著 河出文庫 という本がヒット。

これかなぁ。さっそく取り寄せて、Yさんに手渡す。

 翌週、Yさんはめでたく退院。非番だった私に、丁寧なお礼の手紙を残してくれた。

 

「おらおらで~」は、夫に先立たれてひとり暮らす「74歳の桃子さん」の日常が、東北弁を交えて描かれている。岩手県遠野市の主婦、若竹千佐子さんが、60歳すぎてから書いたデビュー作だ。

いきなり芥川賞を受賞し、田中裕子主演で映画化もされている。

そして先週、「リベラトゥール賞」というドイツの文学賞を受賞した。

 

小説の主人公、桃子さんの内なる声は、こんな風に書かれている。

「おらがどん底のとぎ、自由に生きろと内側から励ました。あのとぎ、おらは見つけてしまったのす。喜んでいる、自分の心を」

「んだ。おらは周造の死を喜んでいる。そういう自分もいる。それが分がった。隠し続けてきた自分の心の底が、ぎりぎりのとぎに浮上したんだなす。不思議なもんだでば、心ってやつは」

「おらは独りで生きでみたがったのす。思い通りに我れの力で生きでみたがった。それがおらだ。おらどいう人間だった。なんと業の深いおらだったか。でもおらは自分を責めね。責めではなんね」

「周造がくれた独りのときを無駄にはしない。そう思って生きてはきたが、ときどき持ち重りがするよ。独りは寂しさが道連れだよ」

 作品の大切な要素である東北弁を、苦心してドイツ語訳した人にも拍手!

著者の若竹さん自身、55歳の時に、夫を病気で亡くしているという。



0 件のコメント:

コメントを投稿

マルハラ、リモハラ、セクハラ

  「マルハラ」 メッセージの文末にマル(句点)をつけるのは、ハラスメントに当たる →文末にマルがあると、相手が怒っているような気がするから 「リモハラ」 →リモートハラスメント。新型コロナウイルス禍の在宅ワーク中、会社にずっと PC のカメラオンを指示されたり、...