「この病院に、本はあるかね」
「ハイハイ、ありますよ~」
「ほれ、あの、おらおらナントカいう本」
「ハイハイ~」
入院生活の長いYおばあちゃんの要望に応えて、看護助手のKさんが、ラウンジの本棚に走る。
「ハイ!」
Kさんが手渡したのは…
ふた月も前の、くたびれた「週刊女性自身」だ。
呆然とした表情で、派手な表紙を見つめるYさん。
いくらなんでも、それはないでしょ!
その夜、「おらおらナントカ」という言葉を手掛かりに、ネット書店を探してみた。
「おらおらでひとりいぐも」 若竹千佐子著 河出文庫 という本がヒット。
これかなぁ。さっそく取り寄せて、Yさんに手渡す。
翌週、Yさんはめでたく退院。非番だった私に、丁寧なお礼の手紙を残してくれた。
「おらおらで~」は、夫に先立たれてひとり暮らす「74歳の桃子さん」の日常が、東北弁を交えて描かれている。岩手県遠野市の主婦、若竹千佐子さんが、60歳すぎてから書いたデビュー作だ。
いきなり芥川賞を受賞し、田中裕子主演で映画化もされている。
そして先週、「リベラトゥール賞」というドイツの文学賞を受賞した。
小説の主人公、桃子さんの内なる声は、こんな風に書かれている。
「おらがどん底のとぎ、自由に生きろと内側から励ました。あのとぎ、おらは見つけてしまったのす。喜んでいる、自分の心を」
「んだ。おらは周造の死を喜んでいる。そういう自分もいる。それが分がった。隠し続けてきた自分の心の底が、ぎりぎりのとぎに浮上したんだなす。不思議なもんだでば、心ってやつは」
「おらは独りで生きでみたがったのす。思い通りに我れの力で生きでみたがった。それがおらだ。おらどいう人間だった。なんと業の深いおらだったか。でもおらは自分を責めね。責めではなんね」
「周造がくれた独りのときを無駄にはしない。そう思って生きてはきたが、ときどき持ち重りがするよ。独りは寂しさが道連れだよ」
作品の大切な要素である東北弁を、苦心してドイツ語訳した人にも拍手!
著者の若竹さん自身、55歳の時に、夫を病気で亡くしているという。
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