2022年9月23日

二刀流を育てる

 

 昨年、投手と打者の二刀流で米メジャーリーグMVPに輝き、今年も大活躍の大谷翔平選手。その大谷選手を輩出したのが、岩手県の花巻東高校だ。

同校野球部の佐々木洋監督は、以前は野球関連の雑誌ばかり読んでいた。ところがある時、試合で思うように勝てなくなった。

「自分自身が変わらなくては」。佐々木監督はそれらを全部捨て、代わりにビジネス誌を読み、東京に経営者の講演を聞きに行って、経営を学んだという。

(以下、日経ビジネス電子版より佐々木監督インタビューのエッセンスです)

・野球で一生メシが食べられるのは、ほんの一握り。野球がうまくなることだけに高校生活を費やすのは無駄。筋肉は年を取れば落ちるが、知識や知恵は一生使えるだから、野球以外の道へも導く

・野球をやるために花巻東に来た子の成績があまりに良かったので、「なんでうちの高校に来たんだ。進路選択を間違えているぞ」と言って東大受験を勧めた。彼は2浪して合格した

・アメリカンフットボールの道に進む子もいる。彼はめちゃくちゃ足が速く、体もでかいので「アメフトでなら、一流大学に進学できる」と説得した

・指導者の仕事の一番の肝は、生徒の個性を見極めて、意識と意欲をその個性が伸びる方向に導いてあげること

・趣味は盆栽。枝の張り具合を観察し、それぞれの良さを生かすようにワイヤーを掛けたり、外したりして成長を導く。適切な誘導が必要なのは人間も同じ

・東北のチームは雪でグラウンドが使えない時、「下半身を作る」と走り込みをしていた。うちでは走り込ませない。走って痩せたら、体が出来ないから

・大谷には、1年生のときに食事量を増やしてもらった。2年生に上がるときには、入学時より体重が20キロ増えた

・東北の子にもともと野球の才能がないから、強豪校が生まれなかったのではない。「常識」に惑わされ合理性を欠いた指導の下、才能を潰されていただけ

・大谷は自身の二刀流について、非常識なことをしているとは思っていない。小学生の頃の延長でプレーしているだけ。むしろ指導者たちが非常識すぎて、打者か投手のどちらかしかさせず、才能を失わせてきたというのが野球の歴史

・才能を伸ばすのは難しいけれど、才能を潰すのはたやすい

・私に大谷を育てる力があるなら、毎年、大谷のような選手を出しているはずだが、現実はそうではない。あれだけの逸材を育てることなど、私にはできない。ただ、できるだけ才能を潰さないようにと考えてきた

・「米国で二刀流をしたら、たくさん叩かれるだろうが、おまえが開拓者になれ。新渡戸稲造のように太平洋の懸け橋になれ」と彼の背中を押した

人間力だとか心の野球だとか、そんなことを口にする指導者のことが、へどが出るほど嫌い。試合に勝つことと、生徒を育てること。そのどちらも達成するのがプロフェッショナル。指導者の自己満足なんていらない



2022年9月16日

おらおらナントカ

 

「この病院に、本はあるかね」

「ハイハイ、ありますよ~」

「ほれ、あの、おらおらナントカいう本」

「ハイハイ~」

 入院生活の長いYおばあちゃんの要望に応えて、看護助手のKさんが、ラウンジの本棚に走る。

「ハイ!」

Kさんが手渡したのは…

ふた月も前の、くたびれた「週刊女性自身」だ。

 呆然とした表情で、派手な表紙を見つめるYさん。

 いくらなんでも、それはないでしょ!

 

 その夜、「おらおらナントカ」という言葉を手掛かりに、ネット書店を探してみた。

「おらおらでひとりいぐも」 若竹千佐子著 河出文庫 という本がヒット。

これかなぁ。さっそく取り寄せて、Yさんに手渡す。

 翌週、Yさんはめでたく退院。非番だった私に、丁寧なお礼の手紙を残してくれた。

 

「おらおらで~」は、夫に先立たれてひとり暮らす「74歳の桃子さん」の日常が、東北弁を交えて描かれている。岩手県遠野市の主婦、若竹千佐子さんが、60歳すぎてから書いたデビュー作だ。

いきなり芥川賞を受賞し、田中裕子主演で映画化もされている。

そして先週、「リベラトゥール賞」というドイツの文学賞を受賞した。

 

小説の主人公、桃子さんの内なる声は、こんな風に書かれている。

「おらがどん底のとぎ、自由に生きろと内側から励ました。あのとぎ、おらは見つけてしまったのす。喜んでいる、自分の心を」

「んだ。おらは周造の死を喜んでいる。そういう自分もいる。それが分がった。隠し続けてきた自分の心の底が、ぎりぎりのとぎに浮上したんだなす。不思議なもんだでば、心ってやつは」

「おらは独りで生きでみたがったのす。思い通りに我れの力で生きでみたがった。それがおらだ。おらどいう人間だった。なんと業の深いおらだったか。でもおらは自分を責めね。責めではなんね」

「周造がくれた独りのときを無駄にはしない。そう思って生きてはきたが、ときどき持ち重りがするよ。独りは寂しさが道連れだよ」

 作品の大切な要素である東北弁を、苦心してドイツ語訳した人にも拍手!

著者の若竹さん自身、55歳の時に、夫を病気で亡くしているという。



2022年9月9日

生老病死の風景

 

 多岐にわたる看護助手の仕事のひとつに、入浴介助がある。

 患者さんをベッドごと浴室に運び、寝間着を脱がせて髪と体を洗い、横になったまま入浴できる「シャワーベッド」という装置に入れる。

その間に、すばやくベッドのシーツ交換。

 週2回の入浴日には、朝から夕方まで20人の患者さんを、連続してお風呂に入れる。夏の浴室は蒸し暑く、まるでサウナで筋トレしているよう。時間との戦いでもある。

 防水エプロンで全身を覆うのだが、看護師さんが「カンセン」と呼ぶ病気の人の時は、エプロンを二重にし、N95型高性能マスクとゴーグルで顔を覆い、両手にゴム手袋をはめる。

 この4階西病棟は、以前いた3階南病棟より、さらに重篤な患者さんが多い。気管切開で喉に穴が開いた人、お腹に胃ろうの穴が開いた人、尿道に管を入れている人、顔全体が酸素マスクで覆われている人…

 植物状態の人もいる。患者さんの多くが、呼びかけても反応がない。

 隅に置かれた大きなゴミ袋が、うんち入りの紙おむつで、すぐいっぱいになる。充満する糞尿の香り。最初から最後まで、「イタイ!」「コワイ!」「アツイ!」と叫び続ける患者さんもいて、最初はかなり戸惑った。

 うんちが肛門を塞いでいるとみるや、看護師さんがゴム手袋をはめて、「摘便」という処置を行う。肛門に指を入れて、直腸のうんちをかき出すのだ。

「ハイ、笑って~!」「笑って!」

 看護師さん2人がかりで、大きな声で患者さんに呼びかける。

お腹に力を入れてもらうため、なのだが…

お尻に指を突っ込まれたこの状況で、笑える人がいるのかな。

 

そして、次々に運ばれてくる患者さんの中には、仏さまも混じっている。

「背中洗いまーす、横向いて下さいねー」

看護師さんが表情も変えずに、声掛けしながら入浴させるので、最初は気がつかなかった。でも途中で、死に化粧担当の看護師さんが入って来て、口や鼻に綿を詰めていく。

やせた体に、まだ温もりが残っていた。

先日は、最後の患者さんが仏さまだった。体を洗おうとしたら、ご家族(娘と孫)が、ふだん着の上に防水エプロンをつけて入って来た。

そのお孫さんは、最近看護師になったばかりだという。

てきぱきとした手つきで、天国に旅立ったおばあちゃんの体を清めていた。

 

生老病死の最終章を垣間見た、その翌日。

自然学校の仕事で、子どもたちと木登りをした。

夏の陽光を浴びた小さな命が、いつも以上に輝いて見えた。



2022年9月2日

SUMMER CAMP ! ④~続・ナナのプライド

果てしなく遠く思えたロープウェイ駅が、霧の中から姿を現した。行きかう人も増えてきた。

すると…

KO寸前のボクサーみたいな足取りのナナが、リュックを自分で背負う、と言い出した。辛うじて他人の目が、彼女の気力をつなぎ止めている。

ロープウェイに乗って山麓駅に下り、愛車の助手席にナナを乗せて、本隊のバスを追いかける。

「きのうナナが買ったお土産はどこ?」「まりさんがちゃんと預かってくれてるよ」「よかった!ママにお菓子とキーホルダー買ったんだ」

 上機嫌で話し始めたナナに、ホッと胸をなでおろす。左カーブを曲がって、ふと助手席を見ると…

またオエ~ッとやっている。

「ナナちゃん…」 クルマのことは気にするな!どうせ安い中古車だ(涙)

 路肩にクルマを停めてナナを休ませながら、ようやく駅にたどりた時には、本隊を乗せた列車はとっくに発車した後。予約なしで乗った1時間後の特急は満席で、仕方なくデッキの床に陣取った。

ナナはまだ、吐き気が収まらない。小さな体から、1リットルぐらい、水分が抜けてしまったかも。

 最初はそっけなかった車掌さんも、ナナを見て顔色を変えた。「予約済なのに乗客が来ない指定席2席」に案内してくれた。

やっとありついた、ふかふかシートに寝かせると…

 ナナのバッテリー残量、ついに0%。

 列車が中野駅を通過し、「ナナちゃん、起きて!新宿に着くよ!ママに会えるよ!」いくら体をゆすっても、目を開けてくれない。

駅で待つママに電話して、「特急あずさ到着ホーム、7号車乗降口」まで来てくれるよう頼んだ。

 ママは、幼い弟の手を引いて現れた。清掃が始まった車内に駆け込み、呼べど叩けど、ナナは微動だにしない。彼女をママがおんぶし、弟と荷物は私が引き受けて、夜逃げした家族のようないでたちで、ホームに降りた。

 エスカレーターに乗ってから降りるまでの間に、ナナの様子を手短かに話し、飲み物が喉を通るようになったらたくさん飲ませて、とママに伝えた。

 雑踏の中を、夜逃げ家族がタクシー乗り場に急ぐ。

すると…

ママの背中から、か細い、でも毅然とした声が聞こえてきた。

 「いま何しゃべってたの?」

 

※ナナは自宅でひと晩、死んだように眠り、翌朝起きてからは全くいつも通り。キャンプがとても楽しかった、と話しているそうだ。子どもって、いきなり電池切れするけど、フル充電も早い! 




肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...