虫の居所が悪いと、すぐ部下を怒鳴りつける。
その当時のボスは、絵に描いたようなパワハラ上司だった。
そして、外回りから内勤に異動した私に与えられた席は、よりにもよって、ボスのすぐ隣。
案の定、定期的に怒号が飛んできた。幸い頭上を通過して、前後左右の同僚に着弾することが多かったが、生きた心地がしなかった。
そのうち、ボスのいる側の耳が、聞こえなくなった。私の耳をのぞいた耳鼻科の医師が、重々しく病名を告げた。
「あなたはジコウセンソクです」
やった! これで会社を休める!
と、思いきや…
ジコウセンソクを漢字にすると、「耳垢栓塞」。まったく恥ずかしい。
それにしても。
不快な音を、こんな方法でシャットアウトしてしまうとは。
人体は、よくできてる。
あれから10年、最近また、耳に違和感が…
今回は、思い当たる節がない。
あの頃は大きな会社にいたので、社内に診療所があった。今度の職場は、小さな町のはずれにある。耳鼻科のありかを同僚に尋ねると、
「この町にはろくな医者がいないよ。私はいつも、クルマで隣町まで行くよ」
別の同僚も、
「耳鼻科の医師がおじいちゃんで、手が震えて診察にならないの。診てもらった子どもが、怖がって泣いて。もういいですって、途中で帰ってきちゃった」
散々な口コミに恐れをなして、私もさっさと隣町へ。電話で予約を取ろうとしたら、「予約は受け付けません」。いつでも勝手に来い、と言う。
年季の入った診察椅子に座り、まな板の鯉になる。
今回の診断は、外耳炎。
やった! 耳垢栓塞より、よほど聞こえがいい。ずいぶん出世したもんだ。
それで先生、原因は?
パソコンに顔を向けたまま、初老の医師がクールに言った。
「耳垢の溜めすぎ」
なんだ、同じじゃん。
ネット検索によると、過度の耳掃除が、外耳炎の一番の原因だという。
耳を掻くべきか、掻かざるべきか。
それが問題だ。