2021年6月26日

校長先生の英断

 

 久々に、学校登山ガイドの仕事が舞い込んだ。

東京ナンバーの黄色い「はとバス」を連ねてやってきたのは、中野区の小学生たち。長蛇の列になって登り始めると、道中、芋虫が大発生している。男子が、その数を数え始めた。

24」「25」「26」…「71」「72」「73」…「149」「150」「151」…

 おーい、あんまりバラバラにならないでくれー

 最後尾の小柄な男の子が、ポツリとひと言。

「ぼくたち修学旅行代55千円払って、芋虫がウンコするとこ見に来たの?」

 ほら、足元ばっか見てないで! いい眺めだよ。

 もうひとりの山岳ガイドSさんは、元消防士。3年前、長野に移住してきた。

「コロナでガイドができなくなった分、救急救命法の知識を生かして、講習会を開きました。助産師の妻は、産後ケアを受けられる宿泊施設をやってます

 芸は身を助く。

 やっと山頂に到着すると、さっきの男子が駆け寄ってきた。

「芋虫で遅れたぼくたちに付き添ってくれて、ありがとうございました」

 礼儀正しく、ペコリと頭を下げる。この国の将来は明るい…かな?

 下りは、添乗員のNさんと一緒に歩いた。

「私は旅行会社の正社員ではなく、添乗の仕事をフリーで請け負ってます。会社勤めもしたんですが、性に合わなくて」

「連日連夜、国内や海外のツアーで家を空けて、夫はほぼ一人暮らし。でもコロナ禍で、仕事が消滅しました。ゼロですよゼロ! バイトでしのぎました」

「外国に行けるようになったら、夫とバックパッカーの旅をしたい。ヨルダンやシリアがお気に入りです。ヨーロッパだったら、アイスランドが好きかな」

 下山口に着くと、校長先生がリンゴジュースを持って迎えてくれた。

「長崎に行く予定だったんですが、去年はコロナ禍で中止。今年はとにかく修学旅行に行かせてあげたくて、山登りに変更しました。でもこの状況で行っていいものか、出発前日まで悩みました。東京から来てしまってすみません」

 ぜんぜん気にしてませんよ。ようこそ霧ケ峰へ!

 近くで子どもと記念写真に納まっていた先生が、

「こんなオジサンも写真に入れてくれるなんて…」

と、泣きまねしている。

 児童も先生も一緒になって、はしゃぎ回る。

 校長の英断を応援するように、終日、梅雨の晴れ間が広がっていた。



2021年6月18日

ネズミVSチキンハート

 

 顔を洗いながら、何げなく風呂場のドアを開けた。

ん? ナイロンタオルやコンディショナーが、床に散乱している。

 そして次の瞬間、濃いグレーの毛をまとった、手のひらサイズの生きものと目が合った。

ついに、ハーシーズ盗み食い犯人の正体見たり!

やっぱりネズミだったか。

しっぽを振りながら、ヨチヨチ逃げていく。

 つい先日も、キッチンの米袋に穴を開けられた。計量カップの中には、これ見よがしの黒い糞が。

ムラムラと敵愾心が湧き起こり、とっさに手持ちの最強兵器「ハチ・アブ用アースジェット」を、チューめがけて噴射!

 去年の夏、スズメバチが軒先に巣を作った。家には蚊取り線香しかなくて、巣の下で焚くも効果ゼロ。妻に笑われた。今回の武器も、いささか頼りない。

窮鼠猫を噛む、という。「窮鼠僕を噛む」事態だけは避けたくて、3メートルも離れて射撃し、効果を確認せずにドアを閉めた。

 そして森の家を出て、一目散に松本のマンションへ。玄関で愛用のピンクのKEENを履こうとして、ゴロっと何かが足裏に触った。何個めかの盗難ハーシーズが、中に入っていた。

縄張りの主張? ここ、ぼくの家なんですけど。

 

 前回のブログを読んだ友人たちから、多くの関連情報が寄せられた。

「ロシア留学時代、ゴキブリホイホイにかかったネズミを、寮のおばちゃんが平気で踏んづけて、ゴミ箱に捨てた」

「ネパール滞在中、至る所に出没するので、四六時中恐れおののいていた」

「カリフォルニアに住んでいた頃、コーチのかばんをかじられた」

「ロンドンのホテルで、部屋や廊下を走り回られて夫が不眠に」

「バグダッドの宿舎の、巨大ネズミを思い出した~」

 なかなか話がグローバルだ。

「職場のチョコを食べられる事件が多発」

「レーズン、スキムミルク、アーモンドの大袋の端っこだけかじられて、全部捨てることに」

 大人たちが恐れ、恨む一方で、子どもは偏見がない。

「ウチの子は、粘着シートにかかったネズミをスケッチしてた」

「娘に話したら、そんな感じのネズミだったら、うちにも来て欲しいって」

 数日後。仕事もあるので、森の家に帰る。ヤツがいなくなっていることを祈りつつ、こわごわ風呂場のドアを開けてみると…

 床に落ちたタオルの上で、眠るようにこと切れていた。

 以来、夜中の物音はしなくなったが、食べ物をS字フックで天井から吊るすこと、靴を履くときは裏返して振ることが、習慣になってしまった。



2021年6月11日

ネズレス、デスモア、チューコロ

 

 4泊5日の旅から戻った夜。

 歯磨きの最中に、妙なものを見つけた。

 洗面所の片隅に、銀紙に包まれたチョコがふたつ。ちょこんと置いてある。

 出発前に、輸入食品店でハーシーズの大袋を買った。確か、涼しい廊下に置いて出たはず…

 いったい誰が、何の目的で、私のハーシーズを、こんな所に? 

 恐る恐る拾い上げると、銀紙の角が破れて、チョコっとかじられていた。

犯人は、人間ではなさそう。

 では、わざわざチョコを廊下から洗面所まで運んで食べるイキモノって…いったいナニモノ?

 翌朝、バスルームに別のハーシーズを1個発見。

玄関先にも1個。

押し入れの洗濯カゴの中に、1個。

そして下駄箱の、愛用の青いシューズの中にまで…

 みんな、少しかじっただけの食べかけだ。行儀が悪いというか、茶目っ気があるというか。犯人は、空腹でどうしようもない、というわけではなさそう。

 近くに、黒米そっくりの糞が残されていた。同じく田舎暮らしをしている友だちに聞くと、「それはネズミ!」と断定した。

 ネズミか~

 友だちも困っているらしく、ネズミ駆除には「ネズレス」より「デスモア」が効く、と力説する。

 デスモア。

 確かに効きそうだが、それにしても情け容赦ないネーミングだ。

 ほかに「チューコロ」という商品もあるらしい。

わが家は八ヶ岳中腹の標高1600メートル、ミズナラやカラマツの木が密生する森にある。動物たちの世界に、私の方が間借りしているようなものだ。

 この前の晩も、何者かが屋根裏で、ガサゴソ動き回っていた。なにやら羽の生えた生きものの気配は、コウモリだろうか。

 今回チョコを盗んだ犯人は、糞のサイズからいって、ごく小さなネズミ。できれば仲良く共存を図りたい。

家じゅうの菓子類を集めてかごに入れ、S字フックで天井からぶら下げた。「デスモア」の前に、まずは守りを固めて様子を見よう。

友だちからは、できた人だね~と感心された。

でもこれ以上、とっておきの輸入チョコを横取りされたら、その時は…

デスモア発射用意!



2021年6月5日

カブと心中

 まだ芽吹き前の森を下りて、緑あふれる里へ。

甲斐駒ヶ岳を間近に望む田んぼで、田植えをした。

その朝集まったのは、百戦錬磨のベテラン稲作農家たち、にはとても見えない、100均の麦わら帽子をかぶった素人集団。

その正体は、ニュース番組ディレクター、ランドスケープ・デザイナー、チェンバロ奏者兼ピアニスト、レバノン料理研究家兼ベリーダンサー、アメリカ有力紙記者兼ヨガ・インストラクター、株式ギャンブラー兼公務員、などなど。

田んぼの持ち主ヤマダさんは、コメの発芽から収穫まで無農薬で手掛けている。この辺りは首都圏からの移住者が多く、ヤマダさん自身も5年前、東京から移り住んできた。

この奇妙な田植え集団は、彼の移住者コミュニティの仲間や、はるばる東京からやってきた飲み友だちだ。

ジャージの裾をまくり上げて、にわか農家が裸足で田んぼに入っていく。5月の太陽に温められて、水はぬるい。みんなで横一列に並び、端から端まで張られたヒモを少しずつ前進させながら、苗を植えていく。

慣れてくれば、作業はリズミカル。声を合わせて歌を歌いたくなる。実際、「田植え歌」は各地に民謡として残っている。

水面に木々の緑が映え、吹き渡る風が心地よい。ヒモに沿って植えるので、苗がきれいにヨコ一直線に揃って、壮観だ。

いい気分で振り返ってみると…そこには、おぞましい光景が。

タテにも真っ直ぐ植えたつもりの苗が、酔っ払いの足跡みたいに蛇行している。素人丸出し。

休憩のたび、田んぼの脇で遊んでいる子どもたちに、水鉄砲で攻撃された。まかないで出された鹿肉カレーが、とてもおいしかった。田んぼの泥パック効果で、足の裏がツルツルになった。

 

ヤマダさんは、男の私から見ても超カッコいい人。自分で重機を操縦して笹林を開墾し、畑地にした。田んぼでは無農薬でコメを作り、3人家族の食料をしっかり賄う。

大工仕事も完全にDIYの領域を超えていて、近隣の住宅工事を請け負い、これから自分の家をイチから建てるというから、逞しい。

 

初体験の田植えは楽しかったが、やっぱり自分には、ヤマダさんの真似はできない。これからも、貨幣経済と金融市場にどっぷり浸かって生きるしか、選択肢はなさそうだ。

マーケットが暴落したら、それはその時。

 私は、野菜じゃない方のカブと心中します。





 

肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...