2021年2月27日

マイクロすぎるツーリズム

「ずいぶん近くにお住まいなんですね…」

 フロントで自宅住所を記入していたら、ホテルマンが訝しげな顔をした。

 それもそのはず、今晩泊まるそのホテルは、自宅から歩いて5分だ。

「春休みに知人を招待するので、事前に自分で泊まっておこうと思って…」

 とっさに、そんなセリフが出た。気のせいか対応がよくなった。

 

 緊急事態宣言下、伊豆半島の友人を訪ねた。静岡県に入ったとたん、「県をまたぐ移動はお控え下さい」の掲示板が並んでいた。

東京はともかく、隣の県に行くのもダメなの。

じゃあ、もっと近くなら? 長野県が、県民限定の宿泊割引を始めた。県内のホテルなら、最大5000offで泊まれる。そして、ここ松本は観光地。自宅から徒歩圏内に、10軒以上のホテルがある。

旅行代わりに、窓から見えるホテルを泊まり歩くことにした。

果たしてこれは「マイクロ・ツーリズム」?

マイクロすぎるツーリズム。

ホテルを一歩出れば、いつも暮らす街の景色だ。でも料理、皿洗い、洗濯、掃除はしなくていいし、バスルームは寒くないし、タオル類は洗濯したて、シーツも糊が効いて快適だ。

平日のホテルは、出張族ばかり。優雅にコーヒーをお代わりしながら朝ご飯を食べている間に、周りのテーブルは3回転している。

ちょっといい気分。

ホテル滞在中、地区の「燃えるごみ」収集日が来た。家のごみを出しに行きたくなったが…なんとか堪えた。

 

【自腹で泊まってみたホテルの寸評】

「ホテル・ブエナビスタ」 エグゼクティブ・フロアに泊まれば専用ラウンジが使え、コーヒーやスナック類がタダ。夕方はアルコール類も無料になる

「松本丸の内ホテル」 松本城に近い。戦前に建てられた銀行を改装した石造りの建物で、登録有形文化財にもなっている。サービスはあか抜けない

「松本ホテル花月」 館内各所に信州の民芸家具が配されている。ホテル周辺にしゃれた飲食店が多くて便利。サービスはどん臭い

「いろはグランドホテル」 開業1周年の新しいホテルで、エントランスにアロマが香る(女性客を意識?)。ソファが心地よいコーナーツインがお勧め

「アルピコプラザホテル」 ほぼ駅前で便利だが、それ以上の価値はない

JALシティホテル長野」(長野市) 善光寺に近い。最上階16階で供される朝食が出色。コロナでもいち早くブッフェを再開し、60品目を揃える 




2021年2月20日

IKIGAI

 

 田舎でパン屋をしている友だちがいる。

 仕込みのために午前1時に起き、週末も働いて家族を養っている。

 並の会社勤めだったら、とっくにウツか過労死か…

 でも友だちは、大変だぁ!と言いながら、とても生き生きしている。

「もし1週間休めたら、何したい?」と意地悪な質問をすると、

「新商品に考えているパンの試作がしたい」と即答。

 休みの日まで、働きたいらしい。

 

「生きがい」は「ikigai」として、欧米でもけっこう通じる日本語だという。

そして欧米で「生きがいikigai」は、「強み=得意なこと」「面白さ=好きなこと」をしていて、しかもそれが「社会が必要とすること」かつ「収入を得られること」であるときに得られる幸福感のこと、と定義されている。

(以下、日経ビジネス電子版「生きがいがある人は知っている 人生で大切な4つの要素」前野隆司・慶応大学大学院教授 より抜粋です)

・自分の強みを明確に持っていて、それを生かせる人は幸せな傾向がある

・強みは簡単には見つからない。人生をかけて探していくもの

・強みを探すコツは、いろいろなことをやってみること

・強みとは、長年かけて習熟していくもの。根気よく続けるには、「面白いこと」であることが重要

・その「面白いこと」も、そう簡単には見つからない。人生をかけて探していくもの

・面白いことを探すコツは、いろいろなことをやってみること

・面白いことは、長年かけて習熟する中でその面白さが増していく。根気よく続けるには、「強み」であることが重要。他の人に負けない強みになっていれば、続く

・つまり「強み」と「面白さ」はつながっていて、共にやり続けないと深まらない。最初から強みだったり、最初から面白くてたまらなかったりはしない。ちょっとした強み、ちょっと面白いことから始めるしかない

・始めないと深まらないのだから、いろいろなことにチャレンジしてみるべき

 

 勤め人の多くは、以前の自分も含めて「仕事で給料をもらっているが、別に好きな仕事ではないし、強みを生かせていないし、社会に貢献している実感もない」のが正直なところだと思う。

 それに対してパン屋の友だちの場合、他を圧倒するおいしいパンを焼ける強みを持ち、休日も返上したくなるほど仕事が面白く、お客さん(社会)に必要とされ「ありがとう」と言われ、かなりの収入も得ている。

「生きがい」の4要素全てを持ち合わせた、とても幸福度の高い人だ。

 周囲を見回しても、いい顔をして働いている人は「地方在住の自営業者」に多い気がする。



2021年2月12日

人生で一番大切な思い出

 オンライン英会話のクリス先生は、マニラのスターバックスで働く24歳。

久しぶりに指名したら、人懐こい笑顔で近況を話してくれた。

「フィリピン人は、とても話好き。スタバで注文する時、みんな世間話をしていくんだ。背後にできた行列も、てんでお構いなし。だから、ぼくらバリスタの仕事は、カフェラテを作ることと、お客さんの話を終わらせること」

「コロナでお客さんが7割も減って、別のスタバに応援に行ったよ。そこはドライブスルーの店だったから、超忙しかった!」

 その翌日に受講したアスキー先生は、3歳児を育てるシングルマザー。

「あなた投資家なの? 株に投資するなら私に投資してよ。コロナが収まったら、レストランやりたいんだ」

その英会話学校の予約画面には、講師たちのまばゆい笑顔が並んでいる。その中でアスキー先生の顔写真だけが、逆光で真っ黒け。

「…先生、まともなプロフィール写真ないんですか? あれじゃ予約が入らないでしょう。もしかして、わざとですか?」

「イエス、アンド、ノー。あの写真はアメリカで撮ったお気に入りだよ。それにあれなら、顔で選ばれることはないでしょ? 真面目に勉強したい人が、私の略歴だけで判断して、指名してくれるはず」

 やっぱり確信犯だったか。

 

 是枝裕和監督のファンタジー作品、「ワンダフルライフ」。

この映画の中で、死んだ人は必ず、「あの世」の入り口でインタビューを受ける。

「あなたは昨日、お亡くなりになりました。あなたの人生の中から、大切な思い出をひとつだけ選んで下さい」

 思い出せない人は、天国に行けないのだという。

…いま自分が死んだとして、一番大切な思い出は何だろう?

 すぐには思い浮かばない。

 試しに、英会話の先生に映画の粗筋を話して、聞いてみた。

「今までの人生で、一番大切な思い出は何ですか?」

 クリス先生は、K-POPのダンスコンテストで優勝した大学1年の夏、と答えた。副賞として、1週間の韓国旅行に招待されたという。

 アスキー先生は、質問に答える代わりに、1枚の写真を差し出した。

 生まれたばかりの息子を抱いて笑顔の、3年前の先生が映っていた。

 

 2人とも、即答できる「一番大切な思い出」を持っている。

それが思い浮かばない自分は、天国には行けない?

 いやいや、人生で一番大切な思い出となる出来事は、これから起きると信じている。 


Izu Japan, February 2021


2021年2月6日

夢は夢のままで

ミヒャエル・エンデの名作「モモ」の中で、こんな文章に出会った。

すっかり大金持ちになり、有名にもなったジジが、わが身を振り返る場面。

「モモ、ひとつだけきみに言っておくけどね、人生でいちばん危険なことは、かなえられるはずのない夢が、かなえられてしまうことなんだよ」

(大島かおり訳 岩波少年文庫版より)

 

 野球。フットボール。バスケットボール。アメリカのプロスポーツ選手は、法外な報酬をもらう。NBAトップ選手の年俸は、40億円以上。

 その一方で、元NBA選手の6割が、引退後5年以内に自己破産するという。

 これもアメリカの話だが、宝くじで10万ドル以上当たった人の7割が、その後自己破産を申請しているという。

「宝くじで1億円当たった人の末路」(鈴木信行著 日経BP)によると、宝くじで高額当選した人が陥る不幸には、決まったパターンがある。

・親族トラブルが続発する

・浪費が過ぎて、宝くじに当たる前より貧困になる

・仕事(人生)にやる気がなくなる

そして、宝くじで1億円当たった時の心得も、次の3つ。

・今の生活を変えない

・仕事を辞めてはいけない

・人との付き合い方を変えてはいけない

 当たり前のことのようで、「言うは易し…」なのだろう。

 

 宝くじで1等が当たっても、必ずしも幸せになれるとは限らない。

むしろ、不幸になることの方が多い。

 でも大丈夫。

「年末ジャンボ宝くじ」で1等が当たる確率は、交通事故で死ぬ確率の300分の1以下。

 夢は、夢のままで終わってくれるのだ。

 

新聞社にいた頃、「年末ジャンボ宝くじ」の発売日を取材した。

 東京・有楽町の宝くじ売り場は、その名も「チャンスセンター」。寒風吹き付ける中、他のブースはガラガラなのに、以前1等賞が出たブースだけに、長蛇の列ができていた。

 私の直感では、もう1等が出てしまったブースには、当分同じことは起こらない気がする。

 数字には弱いので、統計学的にどうなのか、わからないですが…


Minami-Izu Japan, January 2021


自然学校で

  このところ、勤務先の自然学校に連日、首都圏の小中学校がやってくる。 先日、ある北関東の私立中の先生から「ウチの生徒、新 NISA の話になると目の色が変わります。実際に株式投資を始めた子もいますよ」という話を聞いた。 中学生から株式投資! 未成年でも証券口座を開けるん...