2020年2月29日

人間には心がない?


「幸福は、コントロール可能」

幸福学の第一人者、慶大大学院の前野隆司教授がいう。工学博士として、以前はロボットの研究に携わっていた人だ。

「幸せ」について考えるのは、前は哲学者の仕事だった。今は心理学、脳科学、認知科学、行動経済学・・・サイエンスの領域に移ってきた。

日経ビジネス電子版に掲載されたインタビューによると、前野教授は

「心なんてものはなく、あるように感じているだけ」だという。

我々の意識を動かしているのは、無意識や潜在意識。無意識下の判断を、自分が決めたと感じているだけ。仏教で、自我が存在しないと説いているのと同じだ。

人間には心がないと考えた時、教授は

「ああ、おれはロボットと一緒か」と思ったそうだ。

人間は様々なことを気に病むけれど、心がそう感じているだけ。心がないのだから、死ぬことだって怖くない。

だから、心がないということを受け入れた方が、幸せだと感じるという。

仏教の悟りの境地だ。

金銭欲、物欲、名誉欲が満たされたことで得られる幸せは、長続きしない幸せ。だから「お金=幸せ」は幻想。

その代わり教授は、人間が幸せになる4つの因子を挙げている。

   「やってみよう!」・・・やりがいのある仕事や趣味で幸せになる。

   「ありがとう!」・・・自分だけが幸せになるのではなく、周囲の人を幸せにした方が幸せになる。

   「なんとかなる!」・・・人間は変化した方が幸せになるので、リスクを取ってチャレンジした方がいい。

   「ありのままに!」・・・他人と自分を比べすぎず、自分らしさをわかっている人の方が幸せになる。

 途上国より先進国の方が幸福度が高い。それは、経済が発展して安全欲求が満たされているから。

 また、格差が大きい国より小さい国の方が、幸福度が高い。

 どの国も、国民を幸せにすべきだとは考えている。ただやり方が違うだけ。アメリカは格差より自由重視。みんなが幸せになるより、努力した人、能力のある人が報われる社会を作った。ブータンや北欧諸国は、平等を重視する。

 そして日本は、安全な社会を実現して、生きがいや利他性につながる社会を目指している。

 インタビュアーが「大企業で働いている人は、なぜ不幸せに見えるのか」と問うと、

 企業は、合理的に利益を生み出す組織。社員一人ひとりは歯車にすぎない。そして、以前の大企業は生涯年収が高かったが、今はお金も大したことない。

「歯車でお金もないんじゃメリットが少ないですね」



2020年2月21日

ことばの森


 オンライン英会話のフィリピン人講師は、多くが地方に住んでいる。

「ニワトリが鳴く田舎に暮らす3児の母」が、なぜ英語ペラペラなのか?



先生方は「家ではDialect(方言)で話してるよ」と、口々に言う。

試しに「どこに行くの?」と、地元の言葉でしゃべってもらった。

「サアンカ ププンタ?」~タガログ語(ルソン島など)

「アサカマン パドゥオン?」~セプアノ語(ミンダナオ島など)

「ディインカ マカト?」~ヒリガイノン語(ネグロス島、パナイ島など)

「方言」というより、それぞれ完全に独立した言語に聞こえる。実際、同じフィリピン人同士、英語抜きでは会話が成立しないらしい。

いろいろな単語を教えてもらっていたら、英会話レッスンが、いつの間にかヒリガイノン語講座になっていた。

「マアヨン アドラウ!」(こんにちは!)



東南アジアの国なのに、フィリピンの公用語は英語だ。インド、アメリカに次ぐ、世界3位の「英語人口大国」だという。

フィリピンの「国語」は一応、タガログ語。でもタガログ語を母語としているのは、人口1億人の4割だけ。ほぼ島ごとに、独立した言葉がある。英語は、そんな人たちを束ねる役目を果たしている。

先生に聞くと、早くも小学校の時から、国語(タガログ語)以外の教科すべてを英語で習っている。私立校では休み時間も、英語以外は禁止だという。

何人かは「親の方針で、生まれた時から英語で育てられた」と言っていた。

その英語力を生かして、人口の1割、1000万人が海外へ出稼ぎに出ている。国内でも、アメリカ企業のコールセンターで働く人が多い。

コールセンターでは、「私の英語に少しでも訛りがあると、アメリカ人はすぐ侮辱的な態度を取る」。だから発音を矯正する学校に通って、必死にアメリカ英語を習得するのだそうだ。

先生自身、英語ネイティブではない自覚があるから、「いまだに毎日、英語を勉強しているよ」と謙虚にいう。「自分の発音を録音して、聞く」「ユーチューブでTED Talksを繰り返し見る」など、自らの学習方法を教えてくれる。



「私の両親は、アメリカに植民地支配されていた時に生まれた。だから私は、英語で育てられた。でもスペイン統治時代に育った祖母は、スペイン語を話していたよ」。

ネグロス島の60代、トリナ先生の言葉に、フィリピンの歴史を垣間見た。

レイテ島に暮らす30代のリゼル先生は、

「私の町はワライ語圏。でも私たちの世代は、ワライ語、タガログ語、英語をミックスした言葉で話す。自分がいったい何語を話してるのか、私自身もよくわからないんだ・・・」



2020年2月15日

ところ変われば人変わる


 あなたの国へは何度か行ったけど、土石流に埋まったレイテ島ギンサウゴン村と、ミンダナオ島のモロ民族解放戦線キャンプと、アロヨ大統領クーデター未遂の時の、マニラ軍司令部前しか知らない・・・

 そうオンライン英会話の先生に話すと、大げさにウケてくれる。フィリピン人は、サービス精神旺盛だ。

「私の国では、ジャーナリストは危険な職業。10年前の選挙では、何人も殺されたよ。政治家から賄賂をもらって、金額でもめて、殺し屋に消されるんだ。この国では新聞記者の給料が安いから、それも原因ね」

 オンライン英会話のフィリピン人講師は、女性は「以前は看護師、今は子育て中」という人が多い。「コールセンターで働いていた」という人は、男女を問わず多い。

「アメリカ本土の客が相手だから、時差の関係で、14年間夜勤だったよ」

まったく抑揚のない人工音声のような声で、無表情にレッスンする先生がいた。彼女も、コールセンター上がりだったかも知れない。

HSBCでクレジットカード詐欺の審査を担当していた」「家庭内暴力に取り組むソーシャルワーカーだった」「ドバイの日本料理レストランで4年間働いた」という人もいた。

「アマゾンにやらせレビューを投稿する作家だった」という人も。

高校で現代文学を教えていた先生は、

「公立校は予算がないから、教科書は先生用の一冊だけ。そういう環境で教えるのは、きつかった」

また、オンライン英会話と、別の仕事を掛け持ちしている人も多い。

「昼間は保育士」「本業は政府職員」「高校の英語教師」「マニラ近郊でドーナツ店を経営」「ネットカフェのオーナー」「セブ島のツアーガイド」等々。

「スポーツ心理学の学位を取って、セラピストをしているよ。顧客はプロゴルファーが多いね。ぼく自身、プロバスケットボール選手だった。ネグロス島の田舎で開業したけど、彼らとはSkypeでセッションするから大丈夫」

「勤めていた銀行を辞めて、エアラインへの転職を目指して就活中。でも客室乗務員の友だちは、火山の噴火で飛行機が飛ばず、自宅待機になっちゃった。意外にリスクがある仕事だね」

「特別支援学校で、7歳と10歳のHyperactive child(多動児)を教えてるよ。ここネグロス島でもAutistic(自閉症)が増えていて、対応がとても難しい。勉強して資格を取って、給料のいいアメリカの特別学校で働きたい」

 ある時、講師歴10数年のベテラン先生を予約したら、早口の英語で、問答無用でレッスン開始。雑談の糸口をまったく与えない。まるで、外資系企業の圧迫面接を受けている気分。

 でもほとんどの先生は、とても気さくで、雑談大好き。口々に「お金がない」といいながら、妙に明るい。

型にはまった生き方をしない、魅力的な人たちだ。


2020年2月8日

フィリピン人の生活と意見


「おはよー、元気? 私はあれから頭が痛くて、耳鳴りも続いてるよ。この前医者に行ったら『最近、頭を打ちませんでしたか』って」

 オンライン英会話で、今日はハヤ先生を予約した。2度めのせいか、すごくリラックスしている。

「そういえば5歳の時に、飛んできたボールが頭に当たって失神したけど、最近どころか30年も前の話だし」

 床に座り、壁にもたれて話す先生。徐々にお尻がずり落ちて、もう画面には顔の上半分しか見えない。

「セブ島のこの辺には、伝統療法の医者もいるよ。オイルを体に塗って、祈る!みたいな。小さい頃、おばあちゃんと行った。もう行く気しないな」


「あ・・・もう時間だ。じゃあね、バイバイ!」手を振っている。

「あの~、そろそろレッスンを」とは、最後まで言えず・・・

でも、健康や病気に関する単語を、いくつか覚えた。



フィリピンの先生たちは、開けっぴろげだ。女性でも、平気で自分の年齢を言う。先生と生徒が、最初からファーストネームやニックネームで呼び合う。

「会社を辞めて、妻と自宅でオンライン英会話講師をしながら、子ども3人を育ててるよ。上司がいなくなったと思ったら、今度は家の中にボスが出現!今晩、お酒を飲んでいいかどうかも、彼女の許可が要るんだ。1日8時間15人ずつ教えて、月収は400500ドルぐらい。でも、畑もあるから暮らせるよ。えッ株で生活してるの?何を買えばいいか教えて!貯金、200ドルしかないけど」カール先生(30・男)

「会社で7年働いた後、家で6歳と3歳の男の子を育ててるよ。両親が早くから海外へ出稼ぎに出たから、私はおばあちゃんに育てられた。夫はいま中東のドバイで働いていて、年1回しか会えないんだ。でも、これがフィリピン人の人生。アメリカ政府にPetition(請願?)を出したから、4~5年後には親がいるカリフォルニアに渡れるかも。うまくいくといいな。でもトランプが大統領だから、わからないね」アン先生(30代・女)

「最初は日本人が怖かった。フィリピンが日本に占領された時代もあったし、映画で見る日本人はいつも怒ってるし。でもSkypeで対面してみると、実際の日本人は優しくて、とてもシャイね。あるお年寄りと、ずっと何年も毎日レッスンをしてたのに、ある日突然、予約が途絶えちゃった。もしかしたら、亡くなったのかも。そのうち、日本に行ってみたいな」ザミー先生(35・女)

このままオンライン英会話を1年続ければ、「フィリピン人365人に聞きました」というデータベースができそう。

20代女性に偏った、聞き間違いだらけのデータベースが・・・

 今日で、105人め。






肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...