2019年12月28日

ヘリコプターに100回乗ると・・・


新聞社でカメラマンをしていた時、「羽田番」と呼ばれる勤務があった。

月に1~2度、交代で朝から日没まで空港内に詰める。事件や事故の一報が入ると、会社のロゴが入ったヘリコプターに飛び乗って、現場に急行した。

血気盛んな同僚カメラマンは、「オレが(私が)スクープ写真を撮るんだ!」と、手ぐすね引いて待機していた。自衛隊からの転身者が多いパイロットも、やはり事件と聞くと血が騒ぐ人たち。飛ぶ気満々だ。

美女と絶景を撮りたくてこの世界に入った私は、ひとり「お願いだから何も起きないで」と、八百万の神に祈った。その消極的な姿勢が、かえって事件を呼んでしまったらしく、何だかんだで100回は出動したと思う。

 ヘリが大空を飛ぶ姿は優雅だが、乗ってみると、騒音と振動がものすごい。いくら大声の持ち主でも、ヘッドセットなしでは話ができない。常に前後左右に不規則に揺さぶられ、2時間も乗るとフラフラになった。

それでも印象に残った光景。花火大会の撮影で、日暮れ時に飛び立った。夕日に照らされたビル群が少しずつ闇に沈み、代わって窓の明かり、街路灯、車のライトが輝き始める。無機質な大都会が、見る間に光の海に変わっていく。

やがて眼下で、花火が音もなく大輪の花を咲かせ、川面が紅に染まった。

日本の漁業実習船と米潜水艦が衝突した事故では、ヘリをチャーターして、連日ハワイ沖の沈没海域を飛んだ。ある日、海面にクジラの親子を見つけた。仲良く仰向けに並んで白い腹を見せ、悠然と浮かんでいる。

まるで、日向ぼっこを楽しんでいるみたい。よく晴れて、海も空も真っ青だ。水平線上に、白いワイキキ・ビーチが見える。パイロットに頼んで海面すれすれまで降下し、つかの間、遊覧飛行を楽しんだ。

東南アジアや南アジアを襲った大地震の取材では、インドネシア空軍、シンガポール空軍、パキスタン空軍のお世話になった。現場でパイロットに頼むと、快くヘリに乗せてくれた。軍隊というところは、意外にも融通が利く。

9万人の犠牲者を出した、パキスタン北部地震。救助活動に奔走していたのは、大きなローターが2基ついた、数十人乗り大型ヘリだった。乗り込むと、倒壊家屋から救出された負傷者が、担架に横たわり、床を埋め尽くしている。

「自分が乗らなければ、けが人をもう1人運べるのでは?」「いや、報道だって大切な仕事のはず・・・」。かなり葛藤した。

 著名登山家の取材でヒマラヤに行った時、標高5300mの峠で吹雪に遭い、膝まで雪に埋まった。いったん下山して、飛び道具(ヘリ)の力を借りた。

 ほんの10数分の飛行で氷河上のキャンプに降り立つと、何やら視線を感じる。某テレビ局の取材班が、ヒルに生血を吸われながら深山幽谷を越え、徒歩2週間かけて現地入りしていた。「そんなの、あり?」と、目で訴えている。

 “飛び道具代”を惜しまず出してくれた会社の方角に、思わず手を合わせた。



2019年12月21日

肥満ネコ用キャットフード


「東京ドーム4個分」の巨大倉庫は、ありとあらゆる商品で溢れていた。

 この前見かけたのは、「肥満ネコ用キャットフード・カロリー控えめ」。「ブランド牛のビーフジャーキー」も、よく見たらイヌのおやつだった。

離乳食やオムツをピッキングする時は、がんばるお母さんを想像する。でもそれ以上に目につくのが、ペットフードのまとめ買いだ。国内で飼われるイヌとネコの合計が、ヒトの子の数を上回ったというニュースに、妙に納得した。

 ヒト向け食品では、スナック菓子やインスタントラーメン、炭酸飲料、酒類のまとめ買いが多い。ニッポン人の健康、大丈夫なの・・・?

スキャナーは、画面がとても小さい。目を凝らして読み取った次の商品が、

「エッセンシャル ふんわりうるツヤ髪 キューティクルエッセンス」

これは・・・何? 似たようなボトルやチューブが、棚に並んでいる。手あたり次第にスキャナーを当てたら、警告ブザーが響き渡った。ドタバタしていると、赤いベストの“リーダー”が、音もなく近づいてきた。

「朝礼で言った『目標』覚えてますか?そう、95でしたね。あなたの実績は、先月が1時間当たり平均50、直近で70台。ミスも1件ありました。もう少し、生産性を気にして下さい」

自分のとろさを感じてはいたが、この数字は想定外。

私は、肥満ネコ用キャットフードを探してオロオロ歩く「ドジでのろまな亀」だ(ここでスッチー姿の堀ちえみを連想した人は、間違いなく私と同世代です)

赤ベストのリーダーは、アマゾンの社員ではない。労働者の募集と管理を一手に請け負う、W社の人だ。5500人が働くクリスマス商戦の倉庫内で、アマゾンの社員を見つけるのは、サバンナでライオンを探すより難しい。

「余計な感慨を抱かず、ロボットのように働け」。アマゾンの意向を忖度した請負業者に、尻を叩かれる。この構図は、そこはかとなく、もの悲しい。

出勤してから帰るまで、機械に身分証を4回かざし、静脈認証を2回受け、出欠簿3か所に記入し、最後にX線探知機をくぐって所持品検査を受ける。勤務中は、常に「生産性」と「ミス率」を監視される。私語は禁止。

市内で日本語教室を主宰しているTさんに聞くと、アマゾンへ働きに行った外国人は、全員が数日で辞めて帰ってきたという。この感覚こそ、世界標準のように思える。

倉庫に設備投資するより、日本人が持つち密さや勤勉さ、「働くことは、耐え忍ぶこと」という独特の労働観を利用した方が、安上がり。

アマゾン・ジャパンは、たぶん、そう考えている。

70歳近い背中が曲がった女性が、自分の体重ほどあるカートを、懸命に引っ張っている。スキャナーの小さな画面に、ガムテープで拡大鏡をくくりつけて。毎回、休み時間が終わると、真っ先に休憩室を飛び出していく。

ベゾスCEOは、こういう人が会社を支えていることを、忘れないで欲しい。

Tateshina, Japan Autumn 2019

2019年12月13日

ピッキングは天職


 アマゾンの物流倉庫で、「ピッキング」という仕事をした。

 棚の商品を「ピッ」とスキャンして、カートに乗せて運ぶだけ。

 求人広告には、そう書いてある。

誰でもできる仕事かと思ったら、やってみると甘くない。

 まず、倉庫が尋常でなく広い。床面積が、東京ドーム4個分。約1万点の商品を納めた高さ2.6メートルの棚が、見渡す限り並んでいる。

 研修が終わった後、帰ろうとして迷子になり、出口まで15分かかった。

それぞれの棚は、アルファベットと数字で分けられている。でもなぜか、Tの隣がWだったり、60番台からいきなり100番台に飛んだりする。フォークリフトが動き出して、さっきまで歩けた通路が突然、通行止めになったりもする。

ピッキング中、近くの人に「Uの棚はどこですか?」と聞いたとたん、

「話しかけないで下さい!」

赤いベストの“リーダー”が飛んできた。

私語は厳禁、道を聞くのもダメらしい。

 私の担当は、日用雑貨と食品の倉庫だ。大人の身長ほどの高さがあるカートを引っ張って、コメ5キロ、ビール半ダース、ネコ用トイレの砂ひと袋等々、顧客が注文した品をどんどん積んでいく。

 働き始めの数日、初心者を示す黄色いタスキを体に巻いた。同じく黄色いベストを着た“トレーナー”が、私の後をついて歩いた。

「いま遠回りしましたね。早く棚の位置を覚えて下さい」「あ~その柿ピー、3個セットなのに1個しかピックしてませんよ」「作業が遅いです~」

 口元は笑っているが、目が笑ってない。

 バーコードを読み取るためのスキャナーは、私が1時間当たり何個の商品をピックしたかも、常に計測している。

そして全員の「生産性」と「ミス率」が、倉庫の壁に張り出されるのだ。


でも、ものは考えよう。

 毎朝ジョギングしても1円ももらえない。こうしてアマゾンで働けば、いい運動になる上に、お金までもらえる。

 毎日人と接していれば、心が疲れる時もある。ここに来れば、高さ2.6メートルの棚に身を隠して、誰とも話さずにいられる。

 ピッキングで商品を集めていくと、カートの重さは30キロを超えてくる。1日働けば、総歩行距離は20キロ。スポ根ドラマのヒーロー気分になれる。

 この仕事、天職かも。

そのうち、GAFAの一角で働いた実績を買われて、シリコンバレーのスタートアップから転職のオファーが・・・

来るわけないか。



2019年12月7日

自転車でアマゾン川へ


わが家の近くに、アマゾンの巨大な物流倉庫がある。

「外国人の友だちがアルバイトに行って、激ヤセした」「勤務中の突然死があったらしい」。地元の人から聞くアマゾンの評判は、よくない。世界各地のアマゾンでも、待遇改善を求めるデモが行われている。

ずっと専業主婦だった近所のAさんが、アマゾンで働き始めた。いわく、

「こんなにラクな仕事でお金を頂いて、いいのかしら・・・」

 ブラック企業か、それとも楽園か。倉庫は、ウチから自転車で10分だ。

 楽園の可能性に賭けて、私も働いてみよう。

アマゾンの求人は、アルバイト情報サイトで簡単に見つかった。応募はメールでOK。履歴書さえ必要ない。

 面接は、駅近くの多目的スペースで行われた。審査の類はなく、簡単な説明を受け、ID用の顔写真を撮っておしまい。

 期待した時給は、県が定める最低賃金+9円。意外にショボい。週に数十時間も働いたり、夜勤をすると、時給アップがある。

 勤務初日、いよいよアマゾンの敷地に入る。広い芝生で、ルンバの親分みたいな無人芝刈り機が、黙々と動いている。

 社員食堂の一角を借りて、研修が行われた。

のっけから禁止事項。「フードのついた上着はダメ」「ケータイ、スマホは持ち込み禁止。違反すれば解雇もありうる」「ここで見聞きしたことをSNSに流して、それが個人情報と判断されれば、賠償金は4000万円に及ぶことも」。

 ランチタイムになると、社食には1000人以上が押し寄せて、芋を洗うがごとし。クリスマス商戦のいま、倉庫内で5500人が働いているという。

 外では無人芝刈り機、内では人海戦術。

 380円のハンバーグ定食が、けっこういけた。

食堂のはす向かいに、壁が黒く塗られた喫煙部屋があった。小さな窓から差し込む光の中で、鈴なりの人がうごめき、煙が充満している。ナチスの「ガス室」を想起させる、ショッキングな光景。

 廊下に、ジェフ・ベゾスCEOの写真が30枚も並んでいる。従業員向けメッセージが貼ってあったが、出来の悪いAIに翻訳させたような日本語で、意味不明。太字部分の「善意よりメカニズム」とだけ、読めた。

 研修を終えると、倉庫の出口では、身体検査が待っていた。ベルトを外し、ポケットの中身をすべてトレーに空けて、金属探知機のゲートをくぐる。

「そのハンカチ、広げて見せて下さい」。米国の空港並みの厳重さだ。

誰でも受け入れるが、誰も信用しない。そんなメッセージを感じた。

久々にシャバに出て、スマホに数時間前の着信履歴を発見。「返事が遅れました、今までアマゾンにいました」と知人に送ったら、すかさずレスが来た。

「今度は南米に行ってるんですね!」




肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...