2019年10月26日

寿命が縮んでいく国


 1999年秋、ITバブル崩壊前のアメリカに約2か月、出張した。

 社会部のジェイクと、フロリダで待ち合わせる。彼は日本で新聞記者になり、サツ回り(事件取材)に情熱を燃やす、変なアメリカ人だ。

その日、ジェイクと向かったのは“Gated Community”

富裕層が危険から逃れるため、身を寄せ合って暮らす「要塞町」。

 壁とフェンスに囲まれたコミュニティーの入り口ゲートで、警備員の厳重なチェックを受ける。中に入ると、豪邸や高層アパートと並んで、商店街やレストラン、ゴルフ場まであった。住人は、一歩も外に出ることなく生活できる。

 マンションの21階、大西洋を一望する部屋に住む女性は、

「毎日、散歩できるのがいい。マイアミでは、1人歩きなど自殺行為だった」

 と言いつつ、なぜか暗い顔をしていた。

 守るべき財産があると、大変だ。金持ちになることは、必ずしも幸福には結びつかない。この取材で、そんな思いを抱いた。



 今、アメリカ人の寿命が縮んでいる。

CNNの番組”Newsmakers Today”などによると、米国人の平均寿命は3年連続で縮小。特に白人女性の寿命が、過去18年間で5歳、白人男性も3歳短くなった。ソ連崩壊後、ロシア人男性の寿命が7歳縮んだことに匹敵する変化だ。

死因で目立つのは、飲酒による肝硬変、薬物中毒、自殺などの「絶望死」。

オートメーション化とアウトソーシングが進んで、白人労働者階級の仕事がなくなり、賃金も下がった。中間管理職、中産階級さえ、自分の将来を見通せなくなり、人々の大きなストレスになっているという。

番組では、サルを使った実験が紹介された。2匹のサルに芸を教えて、うまくできたらキュウリを与える。それを何度も繰り返した後、ある時点で右側のサルにだけ、キュウリの代わりにブドウを与えた。サルの大好物だ。

それまでキュウリで満足していた左側のサルは、不公平に気づくと、もらったキュウリを実験者に投げ返した。

そしてブドウをもらったサルも、同様にストレス症状を示した。

格差社会では、持てる側も持たざる側も、ストレスにさらされるのだ。



 ジェイクらと作った連載記事は、「覇権大国アメリカ」という本になった。

光と影はあっても、超大国アメリカの地位は、今後100年揺らがない。

政治部、経済部、社会部、科学部など、取材に当たった記者はそのように結論し、自分もそう思った。

そのアメリカが、冷戦で負かしたはずの旧ソ連と同じ「寿命が縮んでいく国」になった。経済規模(GDP)でも、10年以内に中国に追い抜かれそう。

ジェイクも私も、2,30年先を見通すことさえできなかった。

やれやれ。


2019年10月18日

転勤


 山崎豊子の小説「沈まぬ太陽」の主人公は、実在のJAL元社員とされる。

モデルとなったその人は、組合活動で経営陣と対立したばかりに、パキスタン、イラン、ケニアで延々10年の「僻地」勤務を強いられた。

まだインターネットもSNSもなかった時代。家族と遠く隔てられ、極度の孤独から酒と狩猟に走り、精神の破綻寸前まで追い詰められていく。読んでいて、鬼気迫るものがあった。

平成元年入社の私は、辞令1枚でどこにでも行くことを当然と思っていた世代。でも日経ビジネス電子版で行われた、河合薫(社会学者)と中野晴啓(セゾン投信社長)の対談では、転勤について次のように語られる。

・「君、明日から仙台だからね」と言われて、転勤したくないと思っても「社命だからしょうがない」と転勤する。こういう例は、実は海外にはない

・日本企業は人事権が異様に強大で、いわゆるパワハラ異動みたいなのが、当たり前に成立している

・2年に1回社員を動かすローテーションというのも、わけが分からない。あっちからこっちへと、パズルを組み合わせるような玉突き人事が行われている

・いろいろな部署を回るのは、キャリアアップではない。外国人には理解不能

・日本は人事部の力が強すぎる。人事部長が出世コースになるのは日本だけ。人事部の地位を低くしないと、誰も何も言えなくなるのでは?

 また出口治明・立命館アジア太平洋大学学長も言う(日経ビジネスより)。

・転勤の強要はパワハラ的マネジメントのひとつ。その社員が地域のサッカーチームで子どもたちに慕われているかも、という発想がない

・そしてその社員のパートナーは専業主婦(夫)だから、黙ってついてくると当然のように思っている。会社が転勤を強要できるという考え方は、この二重の非人道的な、あり得ない偏見の上に成り立っている

・世界的に見れば、転勤するのは希望者と経営者だけだ



私は先手を打って?積極的に転勤希望を出し続け、国内外に4度転勤した。中には左遷人事もあったかも知れないが、「これが同じ会社?」と感じるほど雰囲気の違う職場で、新鮮な気持ちで働くことができた。

見知らぬ街で暮らすことも、これまた快感だった。だから本人は幸せだったし、会社側としても、動かしやすいコマだったと思う。

去年、妻と2人の子持ちの友人が突然、800キロ離れた地方都市への異動を告げられた。「2週間で赴任せよ」と命ぜられ、慌ただしく旅立っていった。

内示が直前になるのは不正防止のため、というのが彼の見方。職種は金融関係だ。もし本当なら、社員を信用しない、そんな会社の商品は買いたくない。

どのみち優秀な人材が集まらなくなって、経営が傾くのだろう。


   ナベちゃん元気? キミもそろそろ転職しちゃえば~(^O^) 




2019年10月12日

インターンも良し悪し


 バンコクで記者をしていた頃、日本から学生インターンがやってきた。

 ちょうどタイ政局が荒れていた時期で、毎日反政府デモが繰り広げられた。彼らを現場に案内し、合間においしいイタリアンをごちそうした。

 ミナガワさんはこの旅が初の海外だったが、果敢にも(無謀にも)エア・インディアでやってきた。案の定、帰国フライトが24時間遅れた。彼女を家に泊めて、翌朝空港まで送り届けた。インターンの受け入れは、ちょっと大変。

 一方ムラモト君は、なんとその後、新聞社に就職した。報告を聞いたとき、記者冥利に尽きるというより、罪悪感の方が勝った。

 在学中に仕事の実際を知ることができるインターンは、素晴らしい制度だ。でも新聞社の場合、見せ方が難しい。海外で国際ニュースを追う機会なんて、記者生活のほんの一部でしかない。

 ふだんは国内で、雨の中を立ちっ放しで張り込みしたり、消防無線を聞きながら宿直して、夜中の3時に火事現場に向かったりしているのだ。

 私の学生時代はまだ、インターン制度がなかった。記者稼業の大半を占める泥臭さを知った上で、なおこの世界に入ったかどうか。何も知らずに飛び込んで、いきなり激流に呑み込まれて・・・迷う暇もなくて、かえって良かった。

 ミナガワさんもムラモト君も、APU(立命館アジア太平洋大学)から来ていた。大分県に立地しながら世界80数か国の留学生を受け入れ、教員の半数が外国籍。英語で行われる授業も多い。

 そして今年、一般公募でAPU学長に就任したのが、出口治明・元ライフネット生命会長。かなり思い切ったことを言う人だ。(以下、日経ビジネスより)



30年前、世界の時価総額トップ20社中14社が日本企業だったのに、今はゼロ。日本は、GAFAのような新しい産業を生み出せていない

・「土地・資本・労働力」から、今は「アイデア勝負」の時代。会社で夜10時まで働いてから上司と飲みに行き、家では「メシ・風呂・寝る」の生活では、経済をけん引するようなイノベーションは起こせない

・脳が疲れやすいことを知っているグローバル企業は、残業しない

・年13001500時間労働で2%成長の欧州と、2000時間労働(正社員)で1%成長の日本。これでは「骨折り損のくたびれ儲け」そのもの

・これからは「メシ・風呂・寝る」より「人・本・旅」。早く帰って面白い人に会い、たくさん本を読み、いろんな所に行ってみる。脳に刺激を与えることが、生産性と創造性を引き上げるカギになる

・イノベーションは既存知の組み合わせ。既存知間の距離が遠ければ遠いほど、面白い発想が出てくる

・「変わらなくてはいけないのは、まずは大人です。大人が変わらなくて、どうして若者が変われますか」


Tateshina Japan, autumn 2019

2019年10月4日

ミカンひと山100円の町


 東京を脱出し、関東の端に引っ越してきた5年前。

 裏山をジョギングしていたら、ミカンの無人販売所を見つけた。

 ひと山、100円。

「安い!」と大感激。以後、ポケットに100円玉を入れて走った。

 ところが知り合いが増えてくると、あちこちでミカンを頂く。

 近所のお母さん、NPOで知り合ったおばあちゃんから、車を借りたレンタカー屋のお姉さんまで・・・

毎日のようにミカンをもらって食べた。

ミカンは、お金を払って買わなくてもいいんだ!もしミカンが、全ての栄養素を備えた食品なら、収入ゼロでも生きていける・・・かも。



先日ある会合で、この町の市議をしているSさんに出会った。

50歳ぐらいの人で、奥さんと子ども2人の4人家族。

そして実家はミカン農家。今朝もひと仕事してきたという。

趣味は読書、旅行、草刈り。

何となく隙があるスーツとネクタイ姿から、土の香りが漂ってきそう。



Sさんに裏山の100円ミカンの話をしたら、「実はあれ、すごく儲かるんですよ!」と、嬉しそうに言う。

 キズがあったり小さかったりする規格外のミカンは、おいしくても農協に出荷できない。かといってミカンの缶詰工場に卸すと、1キロ当たり7円にしかならない。

 その同じミカンを裏山に置いておくだけで、不思議や不思議、7円が100円に・・・

「でも、『監視カメラ作動中』の貼り紙がある無人販売所も見かけますよ。実は大変なんじゃないですか?」

「あ、国道に置いちゃダメ。ごっそり持って行かれるから」

 あまり目立たない農道沿いに置くのがコツらしい。

Sさんが夕方、料金箱を開けてみると、100円に混じって1円玉が入っていることがある。それでも、代金回収率は平均99%だという。



「でも早朝から農作業して昼は議員活動、大変ですね~」

「いや・・・むしろ、議員報酬を月に何十万ももらえてしまう方が苦痛です。陰でアイツ何もしてないのにって言われるし」

「そもそも、好きで議員になった訳じゃないんです。地元のしがらみがあって・・・2期務めたから、もうやめたいな」

 仕事で出会った、中央の政治家たちとは大違い。

 どこまでも正直で、欲のないSさんなのであった。



Mt. Tateshina, autumn 2019

肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...