1999年秋、ITバブル崩壊前のアメリカに約2か月、出張した。
社会部のジェイクと、フロリダで待ち合わせる。彼は日本で新聞記者になり、サツ回り(事件取材)に情熱を燃やす、変なアメリカ人だ。
その日、ジェイクと向かったのは“Gated Community” 。
富裕層が危険から逃れるため、身を寄せ合って暮らす「要塞町」。
壁とフェンスに囲まれたコミュニティーの入り口ゲートで、警備員の厳重なチェックを受ける。中に入ると、豪邸や高層アパートと並んで、商店街やレストラン、ゴルフ場まであった。住人は、一歩も外に出ることなく生活できる。
マンションの21階、大西洋を一望する部屋に住む女性は、
「毎日、散歩できるのがいい。マイアミでは、1人歩きなど自殺行為だった」
と言いつつ、なぜか暗い顔をしていた。
守るべき財産があると、大変だ。金持ちになることは、必ずしも幸福には結びつかない。この取材で、そんな思いを抱いた。
今、アメリカ人の寿命が縮んでいる。
CNNの番組”Newsmakers Today”などによると、米国人の平均寿命は3年連続で縮小。特に白人女性の寿命が、過去18年間で5歳、白人男性も3歳短くなった。ソ連崩壊後、ロシア人男性の寿命が7歳縮んだことに匹敵する変化だ。
死因で目立つのは、飲酒による肝硬変、薬物中毒、自殺などの「絶望死」。
オートメーション化とアウトソーシングが進んで、白人労働者階級の仕事がなくなり、賃金も下がった。中間管理職、中産階級さえ、自分の将来を見通せなくなり、人々の大きなストレスになっているという。
番組では、サルを使った実験が紹介された。2匹のサルに芸を教えて、うまくできたらキュウリを与える。それを何度も繰り返した後、ある時点で右側のサルにだけ、キュウリの代わりにブドウを与えた。サルの大好物だ。
それまでキュウリで満足していた左側のサルは、不公平に気づくと、もらったキュウリを実験者に投げ返した。
そしてブドウをもらったサルも、同様にストレス症状を示した。
格差社会では、持てる側も持たざる側も、ストレスにさらされるのだ。
ジェイクらと作った連載記事は、「覇権大国アメリカ」という本になった。
光と影はあっても、超大国アメリカの地位は、今後100年揺らがない。
政治部、経済部、社会部、科学部など、取材に当たった記者はそのように結論し、自分もそう思った。
そのアメリカが、冷戦で負かしたはずの旧ソ連と同じ「寿命が縮んでいく国」になった。経済規模(GDP)でも、10年以内に中国に追い抜かれそう。
ジェイクも私も、2,30年先を見通すことさえできなかった。
やれやれ。