湖畔の宿でのアルバイト。客室清掃と皿洗いから始めて、早くもフロント係に出世した。
ピンチヒッターとして1時間、夕暮れのフロントに立った。
時はお盆の繁忙期。宿は予約でいっぱいだ。猛暑の都会から、お客さんが続々到着する。「涼し~い!」と叫ぶ言葉に、実感がこもっている。
所在なさげに立つにわかフロント係にも、お客さんの質問は容赦ない。とてもまともに応対できないのだが、オーナーのTさんは厨房だ。
覚悟を決めて、ひとりフロントを死守する。
「山登りに来たんだけど、明日の天気どう?」
「・・・ここ数日、曇り時々晴れ一時雨です。明日も変わりやすいかと」
「もうすぐドラえもんの時間だけど、テレビちゃんと映るの?」
「・・・たぶん映るかと思われます」
「プレイルームのおもちゃがなくなって、子どもが騒いでるんです」
「・・・他のお客さんが持ってっちゃったかも」
「宿の外でもwifi つながるかな」
「・・・やってみて下さい」
「今晩の花火大会、車を停める場所あるの?」
「・・・行けばどうにかなると思います」
「バーベキューの食材まだ?」
「・・・いま野菜切ってます。まもなくお持ちします」
みな、腑に落ちない顔をしている。野菜を切り終えたTさんと交代して、やっとフロント係をクビになった。
Tさんの接客ぶりは、さすがのひと言。フレンドリーに、それでいて要点を抑えた案内をする。会話が自然で、お客におもねることもない。海外を多く旅して、サービスの何たるかを心得ている。
でもTさん、「本当は殻に閉じこもっていたいタイプです」などという。
宿泊客の人たちは、想像以上にきれい好きだ。チェックアウト後の部屋は、布団がきれいに畳まれて、ゴミひとつ落ちていない。
ゴミ箱の中にさえ、ゴミひとつない。みんな持参のレジ袋にまとめて、廊下の「燃えるゴミ」に入れて帰るようだ。
ここはドミトリー(2段ベッドの相部屋)もある廉価な宿なので、客層もごく普通の人たち。
チェックインの際、「大したものじゃないけど」と、紙袋を差し出すお客さんがいた。中身は立派なゼリー詰め合わせ。Tさんに聞くと、初めて泊まる人だという。
ドスの効いた話し方をする強面の男性客は、無言で宿の周りの草刈りをして帰ったらしい。
ドスの効いた話し方をする強面の男性客は、無言で宿の周りの草刈りをして帰ったらしい。
おそるべし、日本人の礼節。
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