2017年8月26日

カブは規律と忍耐だ


 森閑とした初秋の山を下りて、夜の東京へ。

ギョーザが評判の店で待っていると、仕事を終えた友人が次々に到着する。

「さっきまで米海軍マラッカ海峡事故のフォローに追われてた」

「明日の朝便でモスクワへ」

「英字紙セクションから来週、異動するよ」

「10月にニューヨーク出張です」

「某国大統領と会見した」

都会の人波にさえ驚いているところに、この会話。クラクラきた。自分だけがボーっとして、場違いな空気を漂わせていたと思う。

 その晩集まったのは、かつてアジアの現場で苦楽を共にしたシンガポール、マニラ、台北の元特派員たちと、海外有力紙記者のHさん、バレエジャーナリストのルイさん。みなさん現役バリバリ。

 Hさんが働く新聞の東京支局はスタッフ4人だが、北京支局には100人もいるという。4対100。国際報道における日本と中国の注目度は、知らない間に大差がついていた。

 ところで若いルイさんに「NISA口座を作ったけれど、どうしたらいいかわからない」と聞かれたのに、どうでもいい昔話をしてしまった。

(以下、取り急ぎ話の続きです)

・個人が資産運用する上での大きな障害は、税金と手数料です。NISA口座の他に「iDeCo(個人型確定拠出年金)という非課税枠もあるので、最大限に活用してください。

・次に手数料ですが、銀行が勧める投資信託には年2%もの手数料を取るものがあり、これでは市場平均にさえ負けてしまいます。ローコストな投信を自分で探す方が賢明です。

・「三井住友・DC全海外株式インデックスファンド」の手数料は年0.25%。「eMAXIS 全世界株式インデックス」は同0.60%。どちらもこの1本で国内外2448社に分散投資できます。ご参考まで。

・時間分散も大切です。一度に全額を投資せず、5000円でも1万円でも、できる範囲で毎月積み立てたほうがより安全です。NISA、iDeCoいずれも、毎月定額を自動的に積み立てるシステムがあります。

・今後、世界株全体が急落する場面がありえます。慌てず騒がず、むしろ喜んでください。株価の低迷中は、値下がりした株をより多く買うことができます。そして株価が元に戻っただけで、積み立てた資産は大きく増えているはずです。

・仕事がうまくいかないとき、あるいは自分が属する組織が傾いた時も、出稼ぎに出たルイさんのお金はアップルやグーグル、あるいはインドや中国の企業で設備投資などに使われ、それなりの利益を背負って帰ってくると思います。

 時として、投資は希望を生む。まずは一歩を踏み出してみて下さい。

2017年1月、中国正月のペナン島(写真と本文はほとんど関係ありません)

2017年8月19日

無所属の時間で生きる


 森の中に秋風が吹き始めた。お盆明け、早くも暖房をつけた。

 廊下にも石油ストーブが欲しくなる。地元の家電量販店には在庫がなく、入荷するのは9月だという。

ネットで注文したら、はるばる海を越えて四国から届いた。



「無所属の時間で生きる」 城山三郎著

30代で独立し、亡くなるまでの数十年間を筆一本で生きた作家、城山三郎のエッセイ集。硬質な文章の中に、心に残ることばがあった。

「無所属の身である以上、ふだんは話相手もなければ、叱られたり、励まされたりすることもないので、絶えず自分で自分を監視し、自分に檄を飛ばし、自分に声を掛ける他ない」

私は保育園に入園以来、学校と会社に40年以上、属してきた。無所属歴3年めの初心者だ。先生や上司から叱られなくなった代わりに、通勤通学で得ていた生活の枠組みもなくなった。これには困った。。

著者のように、「自分で自分を監視」する意志力はない。だから、NPOやボランティア団体のメンバーになった。
タテ社会の窮屈さから、人と人が緩くヨコにつながる新鮮な世界へ。そして、生活の枠組み作りにもなっている。

「創作も学問研究も、いずれも無定量・無際限の努力を要求するものであり・・・神経や肉体をぼろぼろにさせずにはおかぬはず」

「率直に言って、物を書くというのは、三十年四十年経ってもつらい仕事であることに変わりはない。気が重くなり、いやになる」

新聞社ではいつも短期的な目標が設定され、時間内での成果が求められた。うまくいっても失敗しても、締め切りでリセットされた。無定量・無際限の努力が要求される作家や学者の大変さを、改めて知った。

「無所属の時間とは、人間を人間としてよみがえらせ、より大きく育て上げる時間ということではないだろうか」

 組織にいても、無所属の時間を作ることはできた。ガチガチに管理され、スマホのGPS機能で、居場所まで会社に筒抜けの日々。でも、一部の海外取材は別だった。

 登山隊と一緒にヒマラヤに行った時は、衛星電話だけが会社との連絡手段。「雲のせいで電波が届かない」「発電機が壊れた」「吹雪でソーラー電池が使えない」など、いろいろな口実で音信不通になることができた。

束の間、無所属の時間を味わうことができた。

 会社から離れて正真正銘の無所属になってみると、「人生をわが手に取り戻した」という感触がある。確かに、人間としてよみがえった気がする。


 組織に守られている間、不安はないが不満があった。

そして今は、不安はあるが不満はない。

2017年8月12日

湖畔の宿で


 湖畔の宿でのアルバイト。客室清掃と皿洗いから始めて、早くもフロント係に出世した。

 ピンチヒッターとして1時間、夕暮れのフロントに立った。

 時はお盆の繁忙期。宿は予約でいっぱいだ。猛暑の都会から、お客さんが続々到着する。「涼し~い!」と叫ぶ言葉に、実感がこもっている。

 所在なさげに立つにわかフロント係にも、お客さんの質問は容赦ない。とてもまともに応対できないのだが、オーナーのTさんは厨房だ。

覚悟を決めて、ひとりフロントを死守する。

「山登りに来たんだけど、明日の天気どう?」

「・・・ここ数日、曇り時々晴れ一時雨です。明日も変わりやすいかと」

「もうすぐドラえもんの時間だけど、テレビちゃんと映るの?」

「・・・たぶん映るかと思われます」

「プレイルームのおもちゃがなくなって、子どもが騒いでるんです」

「・・・他のお客さんが持ってっちゃったかも」

「宿の外でもwifi つながるかな」

「・・・やってみて下さい」

「今晩の花火大会、車を停める場所あるの?」

「・・・行けばどうにかなると思います」

「バーベキューの食材まだ?」

「・・・いま野菜切ってます。まもなくお持ちします」

 みな、腑に落ちない顔をしている。野菜を切り終えたTさんと交代して、やっとフロント係をクビになった。

 Tさんの接客ぶりは、さすがのひと言。フレンドリーに、それでいて要点を抑えた案内をする。会話が自然で、お客におもねることもない。海外を多く旅して、サービスの何たるかを心得ている。

でもTさん、「本当は殻に閉じこもっていたいタイプです」などという。

宿泊客の人たちは、想像以上にきれい好きだ。チェックアウト後の部屋は、布団がきれいに畳まれて、ゴミひとつ落ちていない。

ゴミ箱の中にさえ、ゴミひとつない。みんな持参のレジ袋にまとめて、廊下の「燃えるゴミ」に入れて帰るようだ。

ここはドミトリー(2段ベッドの相部屋)もある廉価な宿なので、客層もごく普通の人たち。

立つ鳥跡を濁さず。おそるべし、日本人の公衆道徳。




チェックインの際、「大したものじゃないけど」と、紙袋を差し出すお客さんがいた。中身は立派なゼリー詰め合わせ。Tさんに聞くと、初めて泊まる人だという。

 ドスの効いた話し方をする強面の男性客は、無言で宿の周りの草刈りをして帰ったらしい。

おそるべし、日本人の礼節。

2017年8月5日

ヒルビリー・エレジー


 信州の森は都会より10度ほど気温が低い。家にテレビがなくネット環境も悪いので、読書にはよさそう。

でも標高が高く酸素が薄いので、頭がよく働かない(元々?)。

差し引き・・・ゼロ。

 

「ヒルビリー・エレジー」J.D.ヴァンス著

 白人労働者階層に生まれ、ラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれる米オハイオ州で育った31歳男性の自伝。ラストベルトといえば、あのトランプ大統領の支持層。どんな人たちなのか興味津々で読んだ。

 著者J.D.の母はひんぱんに夫を代え、家庭ではケンカが絶えなかった。家具が揺さぶられる音、どしどし響く足音、叫び声、時にはガラスが砕ける音。「まるで地雷原で生活しているよう」な日々。

11歳の時に、母が自殺未遂。幸い一命を取り留める。

 高校1年の朝、身を寄せていた祖母の家に母がやってきた。「クリーンな尿をくれないか」。看護師免許の更新で、尿検査があるのだという。

母は薬物依存症になっていた。

結局、著者が成人するまでの間に、父親が4回入れ替わった。

隣近所でも失業、貧困、離婚、家庭内暴力、ドラッグが蔓延した。懸命に働くこと、教育を受けることで人生が変わることを示してくれる存在もいない。著者は、学校でいい成績を取るのは女々しいことだと思い込んでいた。

朝はシナモンロール、昼はタコベル、夜はマクドナルドの食事。炭酸飲料の飲みすぎで、歯がボロボロになる幼児たち。著者が生後9か月の時、母が哺乳瓶にペプシを入れるのを祖母が目撃している。

世界的に人の寿命が延びる中で、アメリカ白人労働者階層の平均寿命だけが下がっている。一部地域では67歳。

このような環境の中で、著者はひとり全米屈指のロースクールに進み、やがて企業経営者になる。それを可能にしたのは、祖母の存在だった。 

祖母は若い頃、牛を盗もうとした男の足を銃で撃ち抜き、とどめを刺そうとしたところを親戚に止められた。殺人犯になりかけた人だった。そんな彼女が著者を家に引き取り、飽きることなくこう言って励ましたという。

「お前は何だってできるんだ。ついてないって思いこんで諦めてるクソどもみたいになるんじゃないよ」

  日本では報じられることのない、アメリカ白人労働者階層の暮らしぶり。この本が全米ベストセラーになったということは、多くのアメリカ人もこんな世界があることを知らないのかも知れない。


肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...