「海を見ながらポスティングしませんか」
朝活で出会った師匠の甘言に誘われて、海辺の温泉町へ。
師匠はその道6年、雨の日以外の連日、あの町この町と配り歩いている。
その数日前、予行演習を兼ねて、近所で寿司屋のチラシを配ってみた。両手を使わないと、チラシが郵便受けに入らない。でも片手は、地図とチラシの束で塞がっている。一軒ごとに玄関先で悶絶した。
この朝、師匠に模範演技を示してもらった。
・・・なるほど。
さすが熟練の技。百聞は一見に如かず。目からウロコ。
さっそくマネすると、見事に片手で入った。小気味よくリズミカルに、とは行かないものの、かなり気分がいい。
初めての町に地図は必需品だ。歩いた道を赤く塗っていくことにした。地図がどんどん赤くなる。子どもの頃、住んでいた異国の街を歩き回り、地図を塗りつぶした遠い日の記憶が蘇る。
あの頃から、やることが何も変わっていない。
慣れない様子で右往左往していると、地元住民に
「なにかの調査ですか?」
「にいちゃん散歩かい?」
などと声を掛けられる。
この町は坂が多い。登るに従い急になる。商店街で見かけたお年寄りが、30分もかけてゆっくり登り返していく。
さらに上には右翼の事務所があり、屋根に大きな日の丸が翻っていた。
民家やアパートには空室が目立つ。人口減社会を肌で感じる。
たまにはマンションもあり、数十枚のチラシを一度に配れてうれしい。
かれこれ3時間歩き、もうすぐ正午。空腹と暑さで意識もうろう、マンションと勘違いして、通用口から女子寮に侵入してしまった。
どうも様子が変だ。はたと気がついた。引き返そうとしたとたん、寮母さんと鉢合わせした。
「正面に回って呼び鈴鳴らせと書いてあるでしょ」
お小言だけで済んだのは、品行方正が服を着て歩いているような私だからこそ? そして、配っていたのがたまたま美容室のチラシだった。言葉巧みに、何枚か受け取ってもらった。
帰り道に冷や汗が出た。110番通報されなくてよかった。
失うものは何もないとはいえ。ブログ5回分のネタになったとはいえ。
師匠の話では、玄関に直接差し入れるタイプの郵便受けで、指を室内犬にガブリとやられる危険もあるという。
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