2016年9月19日

頭上の魔術師たち


近くに別荘を持つ友人が、来客用の寝具を譲ってくれた。

彼女の義弟は、サッカー界のレジェンド。純白に輝くこの布団を、彼が使ったことがあるかも知れない。

うわさが口伝てにリレーされ、夏の終わりに「かも知れない」が抜け落ちた。

我が山荘を訪れる女性たち、泊まり客はもちろん、お茶を飲みにきた人まで「カズが寝た布団、見せて!」と、押入れをのぞいていく。

「カズが寝た布団に泊まる信州1泊2日の旅・シカとの遭遇体験つき」

 旅行商品として売り出せそうな勢い。



元ジャンボ機パイロットの山荘を訪ねた時のこと。

バサッ。玄関に立っていると、いきなり大きな枝が降ってきた。

見上げれば、はるか頭上に人影。誰かが木に登っている。ハシゴも命綱も使わず、とんでもない高さで枝払いをしている。

おそろしく身軽な彼は、実はネパールから来たシェルパだった。これまで何度も一緒に、ヒマラヤ登山をした仲だという。

その手があったか。今までじゃまな枝があると、木ごと切り倒していた。持つべきは山岳民族の友だ。

そして我が喫緊の課題は、キツツキが家に開けた、げんこつが入る大穴6つ。

落ちぶれたとはいえ、私も元山岳部員だ。ヘルメットとハーネス姿も勇ましく?バルコニーの手すりによじ登って、軒先の穴3つまで塞いだ。でも、地上から10メートルほどにある残り3つは、とても手が届かない。

業者に頼むと、鉄骨の足場で家を取り囲むといい、数10万円の見積書をよこすらしい。たかがキツツキの穴に、だ。東南アジアの業者だったら、たとえ20階建てでも、竹とひもで足場を組んで、スルスル登っていくのだが。

先日、救世主が現れた。

ロープを肩に海外の大岩壁を渡り歩く、現役アルパイン・クライマー夫妻。山好きが高じて、信州に移住してきた。教職やアルバイトで稼ぎながら、クライミング最優先の暮らしをしている。

1歳のかわいい娘を車に乗せ、我が家に来てくれた。

ギアをジャラジャラいわせて、いざ出陣。ロープを柱に固定し、アッセンダーをかませて登っていく。宙吊りになりながら手を伸ばし、岩に支点を打つための電動ドリルで、穴に板を固定する。

軽やかな身のこなしで、魔法のように、すべての穴を塞いでくれた。

さて、一件落着とくつろいでいた、その夜。

ガサッ ゴソッ 屋根裏から、不気味な物音がする。

そこにいるのは、誰だ。私には小鳥の羽音に聞こえるが、妻は「爪の生えた小動物に違いない」という。

いずれにしても、屋根のどこか、7つめの穴から侵入したようだ。

やれやれ・・・

森の暮らしは、キツツキとのイタチごっこ。

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