細身のナースYさんが、患者さんをベッドごと病室から出そうと格闘している。
その枕元には、黒光りする重い酸素ボンベが。
ナースYさんを手伝って、ベッドを押した。廊下を通って屋上庭園に出ると、いきなり真っ青な秋空が広がる。遠く、霧ケ峰の優しい稜線も見えた。
「わぁ気持ちいい! 外の空気を吸うのは久しぶり!」
ベッド上で、顔半分を酸素マスクに覆われたK子さんの目元がほころんだ。
その朝も、ふたりがかりでK子さんをレントゲン室に運んでいた。
病室を出る時、ナースYさんが酸素ボンベをセットして、ダイヤルを無造作にMAXまで回した。
内心げっ…となった。
K子さんは、かなり容態が悪いということだ。何かのトラブルで酸素を絶たれたら、1時間も生きられないだろう。
レントゲン検査は30分で終わったが、病室に戻った時、酸素ボンベは空になっていた。
K子さんの担当看護師、ナースYさんは、ちょっとヤンキーなヤンママだ。
かわいい2歳の娘を育てながら働く。
「今日は501号(室の患者)をフロに入れなきゃなー!」
乱暴なものの言い方。ナースステーションから廊下にまで聞こえそうな、野太い声。
あまり白衣の天使っぽくはない。
朝礼の時、夜勤明けのナースがこんな申し送りをしていた。
「巡回の時、K子さんに『壁のカレンダーをもっと見やすい位置にして』と頼まれました。『私にはカレンダーしか見るものがないから…』って」
酸素のチューブにつながれて動けないK子さん、カレンダーの風景写真だけが慰めなのだ。
屋上庭園を満喫して病室に戻ったK子さんは、「ありがとう」「ありがとう」と何度も繰り返していた。
病状の重い患者さんの気分を少しでも変えようと、重いベッドごと屋上庭園に連れ出すナースは、顔ぶれが決まっている。
揃って、ちょっとコワモテのナースたち。
人の内面のやさしさは、見かけでは測れない。
0 件のコメント:
コメントを投稿