ヒマラヤの高峰に挑んだ登山家が、頂上直下で悪天候に遭遇した。着の身着のまま、岩陰でビバークを強いられた。
マイナス30度の寒さと烈風、酷薄な酸素を生き延びて、翌日なんとか仲間が待つキャンプへ。
たったひと晩で、彼の頭は白髪で真っ白になっていたという。
入浴介助が一段落した日の午後、その日の明け方に亡くなったOさん(80歳)の病室を訪ねた。ずっと付き添っていた奥さんが、ベッド脇で所在なさげに座っている。
声を掛けると、夫の横顔を見つめながら、ふとつぶやいた。
「人って…亡くなってからも歳を取るものなんですね…」
奥さんの言うとおり、Oさんは、生前とはまるで別人。年の割に黒々としていた頭髪が、ひと晩ですっかり白くなっていた。
遅めの冬休みを取った後で、一週間ぶりに出勤する。お昼になり、各病室にお茶を配って回った。
ノックしてオサナイさんの部屋に入ると、ツルツルに禿げた、見知らぬ男性の後頭部が目の前に。
「お、お茶ここに置いときますね。まだ熱いですから気をつけて」
緊張して言いながら、ベッド周りを見渡す。名札は、間違いなくオサナイさんだ。彼が好きなビートルズのCDも、変わらず散乱している。
この病棟では、患者さんの病状が急変することがままある。でもたった一週間で、「サザエさん」のマスオさんが波平さんに変身!なんてことある?
同姓同名の別人?
まさか…
ナースステーションに戻ると、ちょうど担当看護師のフジタさんがいた。
「フジタさん、504号室のオサナイさんって、あんな人でしたっけ?」
すると彼女、黙って、頭をカパッと外して横に置くしぐさをした。
目がニコニコ笑っている。
「オサナイさん、最近お疲れ気味で…身なりに構ってる余裕ないんです」
その数日後に、病棟恒例の正月行事。お雑煮とお汁粉をワゴンに乗せて、スタッフ全員で病室を回った。お次は、504号室。
「はいオサナイさん、みんなで写真撮るから、これかぶりましょう!」
「あれ?前後が逆だったか!」
カメラのファインダーをのぞくと、若い看護師さんにいじられながら、まんざらでもない表情のオサナイさんがいた。
いつものマスオさんに戻って、真ん中に納まった。
※登場人物はすべて実在しますが、一部は仮名です
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