Mさん夫妻は、世界の岩場を渡り歩くクライマーだ。
昨年会った時は、8か月間の「アメリカ大陸縦断クライミングツアー」から帰国したばかり。たしか「これからは当分、日本で暮らす」と言っていた。
その数か月後、Mさん夫妻が笑顔で乾杯する写真が、Facebookにタグ付けされていた。場所は、南米パタゴニアのレストラン。
この人たち、いったい・・・
ふたりは自分たちの行動を、あまり発信しない。すぐ行方不明になる。でもMさん(妻)が最近アメリカで行ったクライミングは、専門誌によると「日本女性初」。高度差900メートルの垂直の岩壁を、4日かけて登り切った。
先日、八ヶ岳山麓のMさん宅を訪ねた。ふたりはコロナ禍もどこ吹く風、10種類以上の野菜とフルーツを育て、妻は自然農によるコメ作りも始めていた。夫はDIYが趣味で、自宅の増築やウッドデッキ作りまでやってしまう。
このコロナ禍で、Mさんの友人が計画していたパキスタン・スキー大滑降が中止になった。甲子園大会の中止が決まった高校球児になぞらえて、自らの不幸を嘆く友。そこに奥さんが現れてひと言、
「あなたたちのは、しょせん遊びでしょ」
最近飼い始めたという4羽のニワトリが、庭を駆け回っている。Mさん(夫)が無造作に投げ与えたのは、畑で採れたブルーベリーだ。
ああもったいない! 私にも投げてくれ~
「ニワトリもいることだし、今度こそ日本に腰を落ち着けますよね?」
「・・・いや」 夫のヒゲが、ピクリと動いた。
「旅に出たくなったら、友だち呼んで焼き鳥パーティーです」
ヒマラヤの山旅で村の食堂に入ると、その場でニワトリを絞めて、新鮮すぎるチキンカレーを作ってくれたりする。そんな世界に慣れ親しんだ2人なら・・・やりかねない。
帰り際、産みたてのタマゴをもらった。貨幣経済に組み込まれない夫妻の暮らしを、ぜひ見習いたい。でも体型的に(足が長すぎて)畑仕事はムリ、DIYも苦手な自分は、やっぱりカブ(野菜じゃない方)で生きるしかない。
資本主義と市場経済に毒された頭で、考えた。
「ブルーベリーで育った朝採れ平飼いタマゴか・・・1個200円は固いナ」
はなちゃん。もっちゃん。クイ。カイ。
名前までつけてもらって、トリたちは幸せの絶頂だ。
でもコロナが収まって、国際線が飛ぶようになったら・・・
タマゴを産むだけじゃ済まないみたいだよ。