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2026年7月17日

インテーク面接

 

大学併設の「心理臨床センター」で行われたインテーク面接(初回面接)に、初めて陪席した。

初対面の相談者から、限られた時間でできるだけ多くのことを聞き取り、継続面接につなげる大事な面接だ。

ゼミのM先生に

「ぼく、これからインテークの陪席やるんです」

と言うと、

「あなた、面接中に絶対うなずいたらダメよ!」

とくぎを刺された。

私はふだんの会話で、やたらうなずく癖がある。平均、1分間に約10回。

陪席者のうなずきは、相談者にとってもカウンセラーにとっても目障りで、面接の流れを妨害してしまうらしい。

ここは、壁の花に徹しなければ…

20代女性の相談者を相手に約100分間に及んだ面接中、うなずくのを我慢していたら、首がガチガチに。

相談者の言葉を一言一句漏らさず書き取って、後で逐語録を作るという大役を仰せつかっているのに、「うなずき厳禁」に気がとられて、つい手が止まってしまう。

あぁ、早く一人前のカウンセラーになって、思う存分うなずきたい!

(写真は「南インド・カレーの旅」第3弾です)





       


2026年7月11日

南インド・カレーの旅 vol.2

  

4月から暮らすこの町でも、週2ペースでカレーを食べ続けている。

近所のカレー屋2軒とは、すっかり顔なじみだ。

いつも絶妙のタイミングで、食後のコーヒーを淹れてくれる。

高校時代は3年間、来る日も来る日も200円の学食カレーを食べ続けた。

ホテルの欧風カレー、インド料理屋のカレー、蕎麦屋のカレー、うどん屋のカレー、みんな大好き!

でも…

インドで食べるカレーは、やっぱり格の違いを感じる。

スパイスが多彩で新鮮だから?

カレー作りひと筋ン十年の職人芸?

手指で器用に食べる周りの客、渦巻く巻き舌のインド式英語…

視覚的、聴覚的スパイスが効いているから?

うまく表現できないのが、もどかしい。









2026年7月3日

南インド・カレーの旅

 

インド、遥かなり…

この春、南インドを2週間旅して、朝から晩までカレーを食いまくった。

その味わいの奥深さは、ああ、とても私の筆力では表現できない。

本場インドのカレーがどんなものか、写真からご想像ください。

あれから、はや4カ月…








2026年5月22日

快適すぎるインド旅行

 

大学院入学を控えたこの春、卒業旅行と称して南インドを旅した。

旧フランス領のポンディシェリ、旧ポルトガル領コーチン、同ゴアなど「インドの中の西洋」を巡り、1日3食、朝からカレーを食べ続ける旅。

この辺りのカレーは「ケララカレー」といって、ココナツベースで甘みがある。日本のインド料理店にはない深い味わいで、毎日食べても飽きなかった。

 初めてインドを旅したのは、大学1年だった19歳の春。「地球の歩き方」を片手に、安宿の相部屋に泊まり、屋台のカレーを食べながら、酷暑の北インドを横断した。

人と牛と人力車が溢れる街の大通り、老若男女の遺体が次々に燃やされるガンジス川の火葬場、カルカッタ(現コルカタ)の路上で行き倒れになっていた人…

生と死が露骨なインドを、体で感じる旅だった。

貧乏旅行の代償は大きかった。旅行2日めから1か月後の帰国まで、ず~っと下痢続き。成田空港の検疫で赤痢菌が検出されて、隔離病棟送りと相成った。

 今はもう、あの頃みたいに超満員の長距離列車の網棚で寝たり、2人掛けのシートに3人が重なり合うように座る夜行バスで移動するような気力、体力はない。社会人の財力にモノを言わせて、大名旅行をした。

少し長い距離の移動には、すかさず飛び道具を使った。今はインディゴというLCCが、インド全土に路線を広げている。何度も乗ったが、いつも定刻に飛び立ち、定刻に着いた。機内は清潔で、乗客のインド人も静かでマナーがいい。

このインディゴ、近年はわがJALやANAを定時発着率で上回るほどの正確さ。

陸路の移動でも公共交通を使わず、配車アプリでタクシーを呼んだ。最長で4時間、貸し切りで移動したが、エアコンが効いた車内は快適だった。

水郷の街アレッピーでは、ベッドルーム付の観光船をチャーター。キャプテンとネパール人キッチンボーイを専属で従えて、船旅を楽しんだ。1泊2日で100ドルちょっとだから、南インドはまだまだ物価が安い。

そして近年のインドは、日本以上のキャッシュレス社会。地元の人は屋台の支払いさえ、QRコードにスマホをかざしている。クレジットカードも普通に使えた(一部、端末が不調だったり停電したりで決済できず、近所のATMまで現金を下ろしに行ったりもしたが…)。

今回は屋台で飲み食いせず、テーブルクロス付きのレストランで食べたので、胃も快調そのものだ。

そんな旅で、飛行機やタクシー、船の上から眺めたインドは…

どうも、期待したほどのインパクトがない。

インドが変わったというより、自分が変わってしまったのだろう。

インドの旅には、適齢期というものがある。

Alleppey, South India 2026



2026年3月13日

美人の特権~セブ島留学日記⑥

 

「どうして日本女性はゴキブリを見つけると、まるでヘビに出くわしたみたいに騒ぐの?」

個人レッスンで英語を教わる jay 先生(20代・男性)が言う。

よくよく聞くと、それは彼の個人案件だった。

jay 先生のガールフレンドは、去年の生徒だった日本女性だ。ワーホリでオーストラリアに住む彼女が今、セブ島に来ているという。

人生で、初めてできた彼女らしい。

「どうして日本女性は、怒ると1時間ぐらい口をきいてくれないの? そんな時はどうすればいい?」

知るかそんなの! 自分で考えろ。

ぼくの元カノ(妻)が怒った時は、1時間なんてもんじゃなかったぞ。

 

「結婚生活は、いつも難しいよ…」

Sao 先生(色黒&小太りの中年男性)が、口癖のように言う。

彼によれば、カトリック教国のフィリピンでは離婚が認められない。

Love doesn’t last forever だというのに…

でもその代わりに、 Annulment というフィリピン独自の制度がある。

過去にさかのぼって、結婚という事実そのものを「最初からなかったこと」にできる制度なのだそうだ。

なんじゃそれ! それって離婚より便利な制度じゃない? 

バツイチにならなくて済むし。

でも Annulment を成立させるためには、長い年月と多額の費用が要る。

だからフィリピンのセレブたちは海外でササっと離婚を成立させ、そんなお金もない市民の間では不倫が大量発生している、と聞いた。

ある日、sao 先生のレッスンで cosmetic surgery(美容整形手術)をテーマに話し合った。

先生曰く、彼が属する業界では beauty privilege(美人の特権) が蔓延しているという。

「男の生徒はもちろん、女の生徒までぼくを敬遠して、担当替えを要求するんだよ。美人は美人に英語を教わりたいものなの? なんでやねん!」

フィリピン英会話学校の先生は、圧倒的に20代女性が多い。若くてきれいな女性が並ぶ中、わざわざ sao 先生を選んで予約する人は…

いないかもなぁ。

ホスピタリティにあふれ、とても勘のいい教え方をするsao先生。顔写真で選ばれがちなオンラインでなく、対面レッスンで地道に固定客をつかんでいくのが、彼がこの業界で生き残る唯一の道かも知れない。

 sao 先生が韓国人の生徒から聞いた話では、韓国で女の子が生まれると、親がその子の整形手術代を貯め始めるそうだ。

「この子が将来、いい会社に就職して、いい人と結婚できますように」

かつてないほどのルッキズムが、世界に広がっている。

Tattoo painting, Cebu 2026


2026年3月6日

お金にまつわる悲喜こもごも~セブ島留学日記⑤

 

ランチタイムの食堂で、校長のhidekiさんに、こんな話を聞いた。

ある年、50代の男性A氏が、英会話3か月コースに入学してきた。

長年勤めた会社を早期退職し、意気揚々と第2の人生に踏み出したところだ。

毎日、それは楽しそうに留学生活を送っていたAさん。

ひと月が過ぎたころ、顔面蒼白で事務室に駆け込んできた。

「急用ができたので、今すぐ帰国します」

ただならぬ気配に理由を尋ねると…

セブ島に来る前、Aさんは退職金数千万円を海外ファンドに注ぎ込んだ。

その朝、久しぶりにパソコンでファンド口座をのぞいてみると…

いきなり、残高がゼロになっていたという。

「投資詐欺ですね。海外投資って怖いですね」と、hideki校長。

いや、海外投資そのものが怖いのではない。Aさんが欲をかいて、あり得ない儲け話に乗ってしまったのだと思う。

留学生仲間を見る限り、10代20代は海外投資に積極的で、金融リテラシーもしっかりしている。

ニーサやオルカンに関する知識も、常識として持っている様子だ。

美大1年生のyumaさんは、中学生でニーサ口座を開いて、海外投資を始めた。最近はコインチェック(暗号資産)も買って、利益を出している。

そしてyumaさんのパパは、大手IT企業を経て40代でFIREを達成。貴金属投資のユーチューバーとして、情報発信している。

この親あって、この子あり…

私と同い年のクラスメートyukoさんは、東京の作業療法士。数年前、職場の友人の影響で海外投資を始めた。

yukoさんのすごいところは、インデックス投信による分散投資を経ず、いきなりアメリカ株を個別に買ったこと。コロナ禍で世界中の株が急落したタイミングで、優良企業の株を底値で買うことができた。

その後の回復局面で、yukoさんの持ち株は、5年間で3倍になったという。

「世の中、地道にコツコツと働くだけじゃ足りないんですね。今ごろわかりました」

真面目で控えめなyukoさんの大胆な行動に、ビックリ。

学校事務局の話では、もうすぐ全盲の50代男性がやってくる。

毎年、姿を見せるリピーターだ。

フィリピン人の介助者を雇い、毎日2時間ほど英会話のレッスンを受けながら、半年ほど滞在していく。留学費用は、ほぼ障害年金で賄えるらしい。

交通事故による中途失明者、ということだ。

お金の価値を最大限に生かして、前向きに、心豊かに生きてるなぁと思う。



2026年2月27日

日本から逸脱した人たち~セブ島留学日記④

 

セブ島に来ている社会人留学生は、私と、同い年の作業療法士 yuko さんあたりが最年長。

圧倒的に、20~30歳代が多い。

髪を明るいホワイトブロンドに染めた asuka さん(26)は、実は超難関国立大卒の戦略コンサル。カナダに2か月留学したのち、ここで1か月間のビジネス英語コースを履修した。

セブ島最後の日、asukaさんは先生と留学生を集めて、パワポでビール業界に関する英語プレゼンを行い、さっそうと帰国していった。

asuka さんと同い年の riku さんは、M&Aが専門の外資系に就職を決めた。5月の入社を前に、1日8時間×6か月、みっちり英語を学んでいた。

九州の現役ポリスマン ken さんは、1週間の超短期留学。

「1週間の有給取るのに、1年前から根回ししましたよ。観光旅行だなんて言ったら、とても認められなかっただろうな」

苦労して取得した貴重な休暇を、語学学習に充てるニッポンの警察官。最近、近くに台湾の大手半導体企業が進出して、署にも外国語の電話が掛かってくるそうだ。

堅気のクラスメートは、せいぜいこの3人。この時期、何週間もフィリピンにいられるのは、自称個人投資家の私を含め、日本社会の決められたレールから逸脱した人が多い。

グループレッスンで先生に「先週末は何してた?」と聞かれた、迷彩服ファッションの takeda さん。

「ずっと部屋でコーディングしてました」

彼は、独立系ソフトウェアプログラマー。完全フルリモートで働けるので、1年の半分以上をベトナム、タイ、フィリピンなどで過ごしている。

「部屋に籠ってコーディングばかり。そんな日本での生活が寂しくて…」

その気持ち、よくわかる。ここに来れば、話し相手がたくさんいる。

tomo さん(38)もまた、典型的なデジタルノマドだ。ITと不動産投資を主戦場に、1日の労働時間は3時間ほど。FIREを目前にしている。

見るからにプレイボーイの tomo さん、夜な夜なバイクタクシーで繁華街に繰り出し、昼間はあくびばかりしている。セブの次はジャカルタに行くそうだ。

わざわざ、イスラム教国で夜遊び?

彼しか知らない穴場があるのだろう。

ふわりとしたフレアスカートの maiさん(38)は、ずっと住宅業界で働いてきた。営業担当だった昨年、顧客として職場を訪れた転職エージェントにヘッドハンティングされた。自分の市場価値の高さを知り、目が覚めた。

「この際もっと自分の評価を上げて、人生のオプションを増やしたい」

さらに英語力を磨くため、セブ島の次は、イギリス沖にあるジャージー島で学ぶという。

ここにいる人たち、留学を終えても、まっすぐ帰国する気はさらさらない。




2026年2月20日

青い瞳の少女~セブ島留学日記③

  

2月、最初の週明け。

留学先の「C英語アカデミー」クラスメート6人が帰国し、新たに14人が入学した。その多くが、春休みに入った学生たちだ。

大学生に混じって、青いカラコンの高校生、沖縄出身のfuukaさんがいた。留学中、彼女には「パパ」とか「おさるのジョージに出てくる黄色い帽子のおじさん」などと呼ばれ、さんざんいじられた。

fuukaさんとの会話は時として、英語ネイティブと話すより難しい。

私「そのカラーコンタクトつけてると、周りが青く見えたりするの?」

f「当ったり前じゃん! で、パパはネイルやる?」

私「メール? もちろんやるよ」

f「違うよ、ネイルネイル!」

やるわけないじゃん!

彼女の周りの男子は、主に清潔感を演出するため、せっせと指先のおしゃれに励むらしい。

Lost in translation...

10代20代のクラスメートには、初めての海外がフィリピン、という人も。

「日本から持って来たドライヤーをコンセントにつないだら、ボンッっていって壊れました」

うう…フィリピンの電圧は220V、日本の倍以上だ。そのままつなげば、下手すると発火する。

「次にアイロンをコンセントにつないだら、またボンッていって壊れました」

え? アイロンまで持って来たの? え? ヘアアイロン? 

女の人って、髪の毛にもアイロンかけるんか…


 彼ら学生たちの間でも、ニーサやオルカンへの関心は高い。

18歳のfuukaさんにも、「投資は早く始めた方がいいの?」と聞かれた。

そうだなぁ… 

とりあえず、ネット証券にニーサ口座を開くぐらいは、やってもいいかも。

試しに少額を投資して、マーケットの値動きの荒さを肌で感じておくのも、いいかも知れない。

でも、10代20代の感受性は、期間限定だ。

今は金融資産に投資するより、語学留学や、途上国への旅で「自分」に投資した方が、将来のリターンが高い気がする。

fuukaさんがフィリピン留学を選んだのは、大正解だと思いますよ…

そんなようなことを、答えた。

「大人になったら、絶対お金持ちになってやる!」

「お金持ちになって、子どもの学費を現金一括払いで、バーンって払う」

珍しく真顔で語るfuukaさんの「お金持ち」像が、妙にリアルだった。




2026年2月13日

目的はオトコ漁り~セブ島留学日記②

 

去年のセブ島英語合宿は、先生だけで500人いるマンモス校だった。

グループレッスンには、韓国美人のミョンジンや、マカオのイケメン、マークがいた。校内のカフェテリアでは、ベトナムやロシア、モンゴル、台湾、タイ、フランスの人たちと隣り合わせた。

打って変わって今年は、先生も生徒も20数人、という小規模校。しかも、クラスメートは全員が日本人。セブ島の片隅に、空気を読んだり忖度しあったりの、小さな日本人社会ができた。

朝昼晩の食事時は、全員が寮の食堂に集まる。語学留学の常で、マジョリティは女性だ。果たして今日は、どの席で誰と食べようか…毎回、気を遣った。

髪を金色に染めたminaさん(推定60代)が、持参のウイスキーをテーブルにドンと置き、ドバドバとコップに注いでいる。2日で1本が空くハイペース。目が据わっていて、怖い。

「うちな、マニラのスラム街で子どもに飴ちゃん配るのが好きやねん」

根はやさしい人…かも。

そのminaさんと寮で相部屋なのが、東京から来たminoriさん(21)。ある晩、minoriさんが寝ようとすると、隣のベッドの真ん中に、まあるい丘がふたつ、暗がりに並んでいるのが見えたような、見えなかったような…

翌朝、minaさんが

「うちな、寝る時はいつも素っ裸になるねん。自宅のベッドはシーツが上等やから、裸で寝ると、そら気持ちええで~」

minaさんがトイレに立った時の、minori さんとの会話。

「生まれも育ちも違う大阪の酒豪と一緒に暮らせて、minoriさんってすごいな。ホント尊敬します」「もっと他のことで尊敬して下さい」

miho(29)さんは長身、黒髪のクールビューティ。きっぱり会社を辞めてきた。

「ITエンジニアは、転職しないと給料が上がりませんから」

そして、

「英語学習の目的は、クラブで金持ちの白人男をゲットしたいから」

と公言する。

mihoさんの率直な言葉を受けて、清楚な方々のガールズトークがさく裂した。

「この辺の男はビンボーだから、タクシー拾ってITパークに行くといいよ」
 ※ITパーク…マイクロソフトやIBMなどの多国籍企業が集まるセブ島の異界

「ワーホリ行くなら、イケメンが多いカナダがお勧め! 私もめっちゃ惚れた人ができて、2人で旅行に行ったりで楽しかった」

「私が高校時代つき合ってた男は、担任の女教師と二股かけてた。卒業式で、ふたりがペアリングしてるの見ちゃった」

「TV業界の男は、すぐ二股かけるから要注意だよ」

世の中そんな男ばっかりじゃないよ、と言いたくても、多勢に無勢。

セブ島の蒸し暑い夜が、今日もぽつりぽつりと更けていく。

(怖そうな人は仮名にしてあります)



2026年2月5日

サナエが許さない~セブ島留学日記①

 

夜のセブ国際空港に降り立ち、配車アプリで白タクを呼んで市内へ。

その途中、ドライバーが

「アイウォントペイ!」「アイウォントペイ!」

と叫びながら、急ブレーキで暗がりにクルマを停めた。

すわ強盗に変身か! 一瞬、身構えた。

彼は車を降りると、一目散に草むらに駆けていく。

どうやら、膀胱が満タンだった様子。アイウォントピーと言いたかったのね。

 

ここセブ島は、本物の銃が撃てることで有名だ。今回の留学先「C英語アカデミー」の同級生女子が、「私もテッポウ撃ってみたい!」という。

最初の週末、その好奇心に便乗することにした。

個人レッスンで教わるS先生が、ガンクラブの会員だ。射撃練習場に予約を入れ、マイカーで送迎までしてくれた。

インストラクターに撃ち方を教わって、まず手始めに、片手で撃てる拳銃からスタート。憎っくきパワハラ元上司の名前を標的に書いて、コルトの9ミリで撃ちまくった。

残念! 急所を外した。運のいい奴だ。

次に、銃身の長いショットガン(45キャリバー)を試す。ヘッドセットとゴーグルを身に付けても、ものすごい発射音と衝撃が、身体全体に伝わってくる。実弾50発を購入したが、半分も撃てずにギブアップした。

射撃場の客は、軍隊上がり風のマッチョばかり。我々は完全に場違いで、浮きまくっていた。でも同行のニッポン女子たち、思いのほか楽しんだみたい。

私「S先生の趣味、ずいぶん野蛮ですよね~ テッポウ撃つのってそんなに楽しいかなぁ」

S「それはもう! 水鉄砲で撃ってたガキの頃から大好きでしたから。ガンシューティングはぼくの stress reliever でもあるんです」

私「頭のおかしな奴が来て乱射事件を起こしたら、なんて心配はないの?」

S「ぼくもそれは不安。一度、ウチの生徒がべろべろに酔って来たことがあって、すごく怖かった。やばそうな生徒が銃を撃ちたいと言ってきた時は、予約で一杯と言って断ってますよ」

私「もし日本が戦争に巻き込まれても、テッポウ撃つなんて無理! その時は難民になってセブ島に亡命するから、先生かくまって下さい」

S「ハッハッハッ、そんなことは、サナエが許さない」

その数日後。レッスン中の雑談で、S先生自身も大の酒好きだということが判明した。

アルコールが切れると、手が震えてくるという。

実弾射撃場…ハイ、金輪際近づきません。




2026年1月31日

香港の休日

  

久しぶりの香港。

空港から2階建てバスで九龍サイドに向かい、ホテルで眺めのいい部屋をリクエストしたら、ビクトリア湾が見える最上階に案内してくれた。

香港は、山がちの狭いスペースに高層ビルが林立する人口過密都市だ。。夕方のネイザンロードを散歩したら、勝手気ままに歩く大勢の人波に揉まれて、ろくに歩けなかった。

彼らはぶつかる寸前まで、スマホから目を離さない。整然と歩行者が渡る渋谷のスクランブル交差点が、世界的な観光名所になるわけだ。

前髪にカーラーを巻いた若い女性が、堂々と大通りを歩いている。一瞬取り忘れかと思ったら、他にもそんな人を見かけた。これが香港ファッション?

街中の食堂や外食チェーン店は、相席が基本。ランチタイムは老若男女のひとり客同士が、小さなテーブルで肩を寄せ合う。ここでも人口密集を実感した。

安くてうまいあんまん屋の行列のすぐ近くで、ルイヴィトンの前にも行列ができていた。

物価は安くない。屋台に毛が生えたような食堂で食べたお粥が、一杯1000円弱だった。

再訪した「チョンキン・マンション」は、相変わらず大きな立方体のビル内に多数のゲストハウスが入居し、中はまるで迷路。部屋の多くは窓のないタコ部屋で、火災になったらまず助からない。

学生時代の貧乏旅行ではお世話になったが、さすがに今は命が惜しいから泊まるのは遠慮し、迷路の奥のインド食堂に日参した。

車道上は、テスラで溢れている。小さな都市国家(国家じゃないけど)内の移動には、EVが最適のようだ。

歴史博物館の主要なスペースは、習近平さんと五星紅旗のオンパレード。小学生や保育園児がクラス単位で見学に来ていて、あちこちで案内係がマイクを使い、ものすごい騒ぎになっている。

その一方、ビクトリア湾沿いの遊歩道には、広州アジア大会に「香港代表」として参加したメダリストの写真が飾られていた。

目立たないところで、香港アイデンティティを主張している。

「防犯カメラ作動中」どころか、「警察の無人機が監視中」の警告表示を見かけた。この地も、徐々に監視社会に?

地下鉄で1時間も走れば、もう中国本土だ。でも街中でGoogleやFacebook、LINEが遮断されず普通に使えるので、まだ西側の国のような安心感があった。

最終日、再び路線バスで空港へ向かう。うっかり空港前のバス停で降り損ね、そのままマカオとの国境まで行ってしまった。慌ててタクシーで引き返す。

なんとか、フィリピン航空マニラ行きに間に合った。

Hongkong, January 2026


2025年9月26日

『なぜ日本人は間違えたのか』

 

終戦60年の夏、報道カメラマンとして遺骨収集団に同行し、パプアニューギニアに向かった。

日本から遠く5000キロ離れた、赤道直下の島。元日本兵の男性やボランティアの女子大学生らがジャングルの地面を掘ると、ほとんど土と同化した人骨が出てきた。戦時中、野戦病院があった場所だ。

この島に上陸した日本兵約20万人のうち、生きて帰れたのは1万人。食料の補給を絶たれ、死因の大半が餓死や病死だったという。

密林を出ると、出し抜けにケータイが鳴った。東京本社のデスクからだ。

「パキスタンでM7.6の地震発生、死傷者多数らしい。お前、衛星電話持ってるんだろ? すぐに向かってくれ」

(えーっ東京の方が近くないすか? ぼく半袖しか持ってないんですけど)

という言葉をぐっと飲みこみ、ポートモレスビー、アデレード、シンガポール、ドバイ、カラチ、イスラマバード経由で震源の村に向かったのだった…

そして今年は、はや戦後80年。関連ニュースがメディアを賑わせる中、日経ビジネス電子版に作家・保阪正康氏のインタビューが載っていた。

『あの戦争は何だったのか』『なぜ日本人は間違えたのか』などの著作がある保阪氏は、何千人もの元軍人や政府関係者に取材を重ねて史料を徹底検証する、実証主義的なスタンスで知られるノンフィクション作家だ。

インタビューの一部を紹介します。

・学校を出たばかりの二十歳過ぎの若者が、鉄砲を担いでなぜニューギニアなどに送られて死ななきゃいけなかったのか。彼らは行き先も告げられずに船に乗せられ、地獄のような戦場で命を落とした

・なぜこんなことになったのか。戦争で死んだ兵士たちのためにも、きちんとした答えを出さなきゃならない

・戦後の左翼的な歴史観に対して、実証的な歴史研究に基づいて異議申し立てをすると、「お前は右翼だ。軍国主義者だ」と非難される。逆に、太平洋戦争における日本の軍部の問題点を指摘すると「お前は左翼だ」と批判される

・あの戦争が正しかったとか、間違っていたとか論じる必要はない。人は好むと好まざるとにかかわらず、生まれた時代の枠組みの中で生きていくしかない

・あの戦争から学ぶべき1つのポイントは、シビリアンコントロール(文民統制)が存在しなかったこと。ヒトラーもスターリンも軍人ではなくシビリアン。軍人が政治を手中に収めてコントロールしたのは、日本だけ

・首相と陸相を兼務した東條英樹は、国民に「戦争は負けたと思った時に負けるんだ。だからそう思うまで負けていない」と語っていた。まさに精神論。残念ながら当時の日本は、政治と軍事の指導者のレベルが本当に低かった

・慶応大在学中に召集された上原良治は、神風特攻隊として出撃する際「明日は自由主義者が一人この世から去ってゆきます」と全体主義を批判し、一方で「特別攻撃隊に選ばれたことを光栄に思っている」と述べた。

心に矛盾を抱えながら運命を受け入れ、22歳で沖縄の空に散っていった

Vientiane Laos, 2025


2025年5月23日

快楽原則、道徳原則


久しぶりの横浜で。

昼過ぎのJR京浜東北線で横浜から関内に向かっていた時、初老の男性が、すぐ近くに座っていた中年女性に歩み寄った。

「携帯電話での通話はご遠慮ください」

その時初めて、女性がケータイを耳に当ててヒソヒソ話をしているのに気がついた。男性はそれを、遠くから目ざとく見つけたようだ。

そそくさと通話を終えようとする女性。その耳元に思い切り顔を近づけた男性が、今度は怒気を含んだ大声を出した。

「携帯電話での通話はご遠慮ください!」

女性に怯えた表情が浮かび、慌ててケータイを切る。その時ちょうど、駅に着いてドアが開いた。逃げるように、ホームに降りる女性。

その背中を追いかけて、3度めの大声が響く。

「携帯電話での通話はご遠慮ください!」

 

精神分析の創始者フロイトは、人の心が「イド」「自我」「超自我」の3つで成り立っているとした。快楽原則に基づく「イド」を、道徳原則に基づく「超自我」が検閲し、現実原則に基づく「自我」がその2つを調節する。

予備校で心理学概論を教わっていた時、講師のミヤガワ先生が呟いた。

「最近の日本人は、ちょっと超自我が強くなりすぎている気がしますねー」

 

名古屋から2時間半のフライトで向かった、週末の上海。

日が暮れると黄浦江沿いの西洋建築がライトアップされ、歩道は人であふれる。中国の人たちは元々声が大きいが、解放感に浸ってますますボリュームアップ! すごい騒ぎになっていた。

若いカップルの愛情表現もストレートだ。「公衆の面前で」なんて、ハナから気にしていない。あちこちで熱いキスを交わしている。

(思い返せば昭和のニッポンでも、カップルが電車内でキスしていたような…)

老若男女ともども、感情豊か。休日の高揚感がビンビン伝わってきた。

 

日本の子どもは、

「人さまに迷惑をかけないようにしなさい」と教えられる。

中国の若い世代は、

「人に迷惑をかけないで生きるなんてムリ! だから、あなたも他人に寛容でありなさい」と言われて育つのかも。

「イド」(快楽原則)を大切にする生き方も、それはそれで悪くない。

 

帰国の朝、空港行の上海地下鉄2号線に乗った。

平日の車内は意外にも(?)、東京メトロ並みに静かだった。 

Shanghai 2025


2025年5月16日

上海のお上りさん

 

初めて中国の土を踏んだのは、20歳の時。

当時は車が少なく、街は自転車の海。人々はみな、灰色の人民服姿だった。

ジーンズとTシャツで街を歩いていると、1キロ先からでも外国人とわかってしまう。四方八方から、ものすごい視線が飛んできた。

その後、かれこれ10回ぐらい中国に行った。学生時代の夏休みは新疆ウイグル自治区からチベットのラサまで、長距離トラックをヒッチハイクしながら中国大陸を縦断した。

卒業後は報道カメラマンとして、登山隊の取材でチベットへ。雪山にテントを張って3か月過ごした。

10万人の死者を出した四川省大地震の取材では、ズタズタに寸断された道を、自転車と徒歩で震源地へ。被災者のテントに転がり込んで、その片隅で夜を明かした。朝起きてみると、一夜にして髪が真っ白に。

「ボクも苦労したんだなぁ…」一瞬、感慨にふけりかけた。

何のことはない、枕にした小麦粉入りの麻袋が破れただけだった。

 

コロナ以降、ずっと入国制限をしていた中国政府が最近、日本人にもビザなし渡航を認めるようになった。

そうだ、久しぶりに中国に行こう! 

名古屋の予備校で講義を受けたその足で、中部国際空港から上海に飛んだ。

海外旅行なのに、なぜか上海に着いても非日常感が少ない。思い返せば、名古屋で定宿にしている「東横イン」がいつも中国人の団体に占拠されていて、出発前から「ここは本当にニッポンか?」という状況なのだった。

大都会・上海は、道行く人が洗練されている。ユニクロを着て歩く私は、透明人間並みに無視される。昔はもっと注目してもらえたんだけどなぁ。

自慢じゃないけど、中国語は「トイレはどこですか?」しか話せない。

仕事で大連に行った時、美人のウェイトレスさんに旅慣れた口調で尋ねた。

「厠所在哪里?」

ウェイトレスさん、なぜか無言。

隣にいた、某新聞北京支局長のYさんが赤面している。

「あのねミヤサカさん、現代中国では、もうトイレのことを厠所なんて言わないんです! 洗手間(シーショウジェン)と言って下さい!」

今回、Y支局長に「中国はキャッシュレス社会だから、現金なんか持ってても何もできませんよ」と脅された。だから出発前、スマホにAlipayのアプリを入れ、クレジットカードと紐づけておいた。

おかげで地下鉄にも乗れたし、食事にもありつけた。

街を走るバイクは100%電動で、音もなく近づいてきて危ない。クルマもEVが多い。何度か乗った二階建てバスも電動で、静かなのに加速が強烈だ。

ホテルでエレベーターに乗ろうとしたら、小学生ぐらいの背丈の円筒形ロボットがついてきた。何やら、ひっきりなしに中国語で呟いている。

颯爽と16階で降りて行った。

フロントスタッフに聞くと、きれいな英語で事もなげに言う。

「彼には、お客様に歯ブラシを届けに行ってもらいました」

ハイテク中国!

Shanghai, May 2025


2025年4月18日

マニラの24時間

 

セブ島英語留学を終え、いよいよ帰国の朝がきた。

フライトは午前11時発。学食でのんびり最後の朝ごはんを食べながら、何げなくケータイをのぞく。

ガーン!! 搭乗予定のフィリピン航空が、2時間遅れている。

その帰国便は、まずセブからマニラまで国内線で飛び、2時間20分の待ち合わせで成田行の国際線に乗り継ぐことになっていた。

普通なら、時間的には余裕のはず。でもマニラ行きが2時間遅れとなると、乗り継ぎ時間はたったの20分。その間に別のターミナルに移動し、出国審査も受けなければならない。

どどど、どーなるんだろ? とりあえず空港に向かった。

チェックインカウンターで、私のチケットを手に空港スタッフが端末を叩く。

やがて、顔を上げた。

「あなたのフライトは、もう成田行に間に合いません。マニラから先は、明日の便に振り替えになります」 

謝罪の言葉も悪びれる様子もなく、あっさりと宣告された。

「なにぃ? 明日は朝から大事な会議があるんじゃ! どーしてくれるねん!」

と血相を変えて叫べば、あるいは別の展開があったかも知れない。

しかし、自分にはそのような切迫した用事は一切ない。

マニラのホテルと3度の食事、空港送迎はフィリピン航空持ちという。ここは、流れに身を任せることにした。我ながら、すぐ懐柔される乗客だと思う。

当てがわれたホテルは、ベッドだけでいっぱいになる狭さ。食事時間になると、弁当が部屋に届いた。コロナで隔離生活をしているような気分になる。

ホテルは治安のいいマカティ地区にあり、グリーンベルトやレガスピ公園も徒歩圏内。そして今回は、自由に外に出られる。夕方散歩に出ると、並木道の両側に石造りの重厚なアパートが並び、アメリカ東部の古い街を思わせるいい雰囲気だった。

コロナ禍真っ最中の1年間は、毎日自宅でオンライン英会話のレッスンを受けていた。毎回違う先生を予約したが、全員がフィリピン人の先生だった。

日本社会がほぼ正常に戻った時、対面で英会話を習うため、満を持してマニラに飛んだ。どの英会話学校も事前申し込みを受け付けていないのが、不思議といえば不思議だったが…まぁ行けばなんとかなるやろ。

深夜のマニラ空港に着くと、武装した迷彩服の兵士が厳戒態勢を敷いている。翌朝街に出ると、英会話学校はおろか、市内の小中高校すべてが休校中。子どもの姿が、街から消えていた。

通勤電車内には制服制帽の「マスク警察」がいて、マスクから鼻が出ているだけで注意される。とてもじゃないけど、気安く街を出歩けない。

結局、マニラでもホテルに籠ってオンライン英会話をやった。

 

3年ぶりにデラローサ通りの高架歩道を散歩し、平和が戻った夕暮れのマニラを眺めた。

自由に街を歩けるって当たり前のようで、実はかけがえのないことなのかも。

Manila, March 2025


2025年4月11日

セブ島英語学校の先生たち

 

セブ島英会話学校、ランチ後のレッスンが始まる午後1時。

学校の廊下に、100人近い若い女性の行列ができる。

遅番の先生が続々と出勤し、タイムレコーダーに並んでいるのだ。

先生の9割が女性で、そのほとんどは20代。狭い通路の両側に並ぶ先生の間をすり抜けて教室に向かうと、たどり着く頃にはフラフラになる。

大量のフェロモン(?)が放出されてるみたい。

この学校に在籍する先生は約600人。授業をマンツーマンで行い、オンライン・レッスンを提供する先生も登校して仕事をする。だから校内は常に、生徒より先生の方が多い。

セブ島の英会話学校は、極端な労働集約型産業だ。

 この日、ランチ前のマンツーマンレッスンはキーロフ先生だった。

韓流ドラマが大好きな彼女は、メイクもKコスメでばっちり決めている。

「でも昨夜は、日本映画で泣いちゃった」

その映画のタイトルは「Flying Colors」。検索したら「ビリギャル」のことだった。小4の学力しかない女子高生「学年ビリのギャル」が熱血塾講師と出会い、半年で偏差値を40上げて慶応大に合格する、ウソのような本当の話だ。

以前、有村架純演じる「ビリギャル」小林さやかさん本人の講演に行ったことがある。教育関係者が目立つ聴衆に向かって、初っ端からタメ口が炸裂した。

ああ、この人は本当にギャルだったんだなぁ。

でもキーロフ先生のツボは、本筋にはない。ビリギャルの弟が、プロ野球選手になる夢を父親に強要されてグレ、確執が生まれる。映画の後半、その父子に和解が訪れるシーンで涙が流れた、という。

家族の絆を大切にする、フィリピン人らしい感性だと思った。

グループレッスンのジャスティン先生は、学校でただひとりのアメリカ人。そして希少な男性教師だ。腹は出ていても、まだ30代。フィリピン在住8年目、こちらで妻帯した。

日本やタイでも暮らしたが、外国人がいちばん住みやすいのがフィリピンだったという。

「東京にいた頃は、半年間で2回も警察官の職質を受けたよ。こっちに来てからは、7年でまだ0回」

日本人の私は生まれてこの方、職質を受けたことがない。日本警察は、外国人を犯罪の温床と見るのだろうか。住みにくいわけだ。

ジャスティン先生も株式投資をしている。授業で一緒になった奈良女子大の学生たちに、彼と2人がかりで

「アメリカ株のインデックスを買えば、5年ごとに2倍になるよ」

「働いて給料をもらうようになったら、すぐ資産運用を始めた方がいいよ」

と勧めてみた。でも、果たしてどこまで伝わったか…

「なんや胡散臭いおっさんが、けったいなこと言うてはるなぁ」

みたいな顔をしていた。


Teachers at Cebu English school

English school in Cebu, 1:00 p.m., when the first lesson begins after lunch time.

A line of nearly 100 young women forms in the hallway of the school.

The teachers who work the late shift line up in front of the machine to punch in their arrival time.

Ninety percent of the teachers are women, most of them in their twenties. Slipping between the teachers lined up on either side of the narrow aisle to get to class, I am dizzy by the time I reach my classroom.

It seems I inhale a large amount of pheromones ...

The number of teachers at this school is as many as 600. In addition to selling one-on-one English conversation lessons, teachers who offer online lessons also come to school to work. Therefore, there are always more teachers than students in the school.

English conversation schools in Cebu are extremely labor-intensive industries.

 My one-on-one lesson before lunch was with Ms. Kierulf.

She loves Korean dramas and wears a lot of K-cosmetics in her makeup.

But last night, she said she cried at a Japanese movie.

The movie is called “Flying Colors". I searched for the title of the movie and found that it was “Birigyaru,” a movie about a high school girl with the academic ability of an elementary school kid. The story is about once she meets a passionate cram school teacher, improves her deviation score by 40 points in six months, and passes the entrance exam to Keio University.

I once went to a lecture by Sayaka Kobayashi herself, “Biri Gyaru,” played by Kazumi Arimura. She spoke to the audience, which consisted mostly of middle-aged and older educators, in a very casual manner from the very beginning! Oh, she really was a gyaru, wasn't she?

But Ms Kierulf's pressure point is not a success story. The younger brother of the “birigyaru,” who was entrusted by his father with the dream of becoming a professional baseball player, falls behind, becomes a gregarious jerk, and a feud develops between him and his father. In the latter half of the film, when the father and son reconcile, Ms Kierulf's tears flowed.

I thought this was a very Filipino sensibility that cherishes family ties.

 Mr. Justin is the only American at the school and a rare male teacher. He may have a big belly, but he is still in his 30's. He has been living in the Philippines for 8 years and is married here.

He has lived in Japan and Thailand, but he said the Philippines was the most comfortable place for a foreigner to live.

"When I was in Tokyo, I was questioned by police twice in six months. Since I came here, I have not been questioned in seven years" he said.

In all my life, I have never been questioned by a police officer for more than half a century. I wonder if the Japanese police view foreigners as a breeding ground for crime. No wonder it is so difficult to live there.

Justin is also a stock investor. One day, a group of students from Nara Women's University were in class with us.

So I and Justin told them, “If you buy an index of U.S. stocks, it will double every five years"

“You should start investing your money as soon as you start earning a salary!"

We tried to encourage them to do so. But I wonder how much they really understood...

They looked at us like, “What a suspicious old man talking nonsense"

I was not sure how much I got through to them.



2025年4月3日

ERナースと「睡蓮」

 

ランチタイムの、セブ島英会話学校カフェテリア。

大学生か社会人か、いつも4~5人で群れている若い日本人男子がいる。

夜な夜な、マッチングアプリで現地の女性と遊んでいる。その様子を、卑猥な言葉で自慢し合う。

この人たち、何しにここに来たんだろうね。

 一方で誰ともつるまず、ひとり黙々と食べるカッコいい日本女性がいる。

あかりさんと、ももかさんだ。

2人とは、入学オリエンテーションで知り合った。休日に、一緒に遊んでもらった。

ふんわりしたファッションと明るいブラウンヘアのあかりさんは、東京の大学生。見かけ都会のお嬢様だが、ラオスのビエンチャンからバンビエンを経てルアンパバーンまで陸路で旅するなど、なかなかの大物だ。

市内見物に行った時は、誰よりも電波を拾うスマホで配車アプリを使いこなし、カルボン市場やサントニーニョ教会、あちこち連れて行ってくれた。

でも Google Map を見ていながら、なぜか反対方向に歩き出す。サンペドロ要塞にたどり着けたのは、この私のおかげです。

留学生活も2週間を過ぎた頃、「そろそろ飽きてきた」と、ひと言。

こっちは毎日、レッスンに食らいついていくだけで必死なのに…

やっぱり、あかりさんは大物だ。

 ももかさんは、泣く子も黙るERの看護師。ふとした眼差しに、スペシャリストのプライドが滲む。この学校には医療英語のコースがあるので、さらなる高みを目指す医療従事者が集まるのだ。

郊外をバスで走っていた時。窓からぼんやり熱帯雨林を眺めていたももかさんが、救急車とすれ違ったとたん、活気づいた。

「フィリピンの救急車ってどんなかなぁ。車内を見学したいな!」

血が騒ぐらしい。

交通法規などあって無きに等しい、混沌としたセブ市内。彼女と歩いていると、得も言われぬ安心感がある。いまクルマに轢かれても、ナースももかさんが救命してくれる!

彼女の趣味は、絵画鑑賞だ。モネの「睡蓮」が大好きで、作品が日本に来た時は必ず足を運ぶという。

去年、パリのオランジュリー美術館で私も「睡蓮」に向き合った。心が邪念だらけなせいか、いまいち、その世界に入り込めなかった。

救急救命センターで急患対応に明け暮れていると、魂のレベルで「睡蓮」の静謐さを欲するのかも知れない。

 週末ランチに、セブ島名物レチョン(子豚の丸焼き)を食べた。2人とも、見ていて気持ちがいい食べっぷり。きれいに平らげて、まだ足りなそうだった。


ER nurse and The Waterlilies

Lunch time, English School cafeteria in Cebu.

There are always four or five young Japanese guys, probably university students or working adults, huddled together.

They are playing with local women on a matching app at night. They brag to each other in an obscene manner about their activities.

What these people are doing here...

 On the other hand, there are cool Japanese women who don't hang out with anyone and eat quietly by themselves.

Akari and Momoka.

I met them at the orientation. They hung out with me on their days off.

Akari, with her fluffy fashion and light brown hair, is a university student in Tokyo. She may look like a city girl, but she is quite a big shot, traveling overland from Vientiane, Laos to Luang Prabang via Vang Vieng.

When we went to see the city, she used a car-dispatch app on her smartphone that picked up more signals than anyone else and took us to the Carbon market, Santo Niño Church, and many other places.

But while looking at Google Maps, she sometimes started walking in the opposite direction. I made it to the San Pedro Fortress.

After two weeks of studying abroad, she said one word to me, “I'm getting tired of it.

I'm just trying to keep up with the lessons every day...

Akari is a big shot after all.

 Momoka is an ER nurse who silence the crying child. The pride of a specialist is evident in her eyes. The school offers a medical English course, which attracts medical professionals who aspire to higher levels like her.

Once we were driven a bus in the suburbs. As soon as she passed an ambulance, she became animated.

"I wonder what an ambulance is like in the Philippines. I want to see the inside of one!"

Her blood was boiling.

Cebu city is a chaotic place, where traffic laws are as rare as they are nonexistent. Walking with her, I felt an indescribable sense of security. Even if I were hit by a car, Nurse Momoka would save my life!

Her hobby is to appreciate paintings. She loves Monet's “Waterlilies” and always goes to see them when they come to Japan.

Last year, I also had the chance to see “Waterlilies” at the Musée de l'Orangerie in Paris. Perhaps it was because my mind was full of evil thoughts, but I could not enter into the world of the work.

Perhaps it is because she spend most of her time at the emergency room dealing with urgent patients that she crave the serenity of “Water Lilies” at the level of her soul.

 We had the Cebu specialty, lechon (whole roasted suckling pig), for lunch on the weekend, and both of them were very pleasant to watch as they ate their fill, and it looked as if they still had more to eat.

2025年3月22日

眠らない街

 

今年のセブ島英語留学では、「ITパーク」にある学校を選んだ。

ITパークはその名の通り、欧米のテック企業や大手金融機関、外資系会計事務所などのビルが並ぶ、セブ市内でも特別なエリアだ。

ビルに入る時には、ドレスコードのチェックがある。ノースリーブや短パン、サンダル履きでは入館できない。

そうは言っても、ここはフィリピン。朝の出勤時間帯にエレベーターに乗り合わせた女性が、のんびりアイスをなめていたりする。あまりの緊張感のなさに、膝からガクンと崩れ落ちそうになる。

 週末、共に学ぶ大学生に海に誘われた。ジンベエザメと一緒に泳げるよ、という。でも「行く」と言ってから後悔。午前3時、学校前に集合だという。

アラームの電子音にたたき起こされて、真っ暗な中を学校に向かう。ITパークに入ると、ビルというビルの窓に明かりが灯っている。

歩道の人混みも車通りの多さも、日中とまったく変わらない。レストラン街もほとんどが営業中で、むしろ昼間より客が多い。新宿の歌舞伎町でさえ、終電が出てしまえば閑散とするだろうに。

服装チェックの女性警備員も、1日3回通って常連になったコーヒー屋台の店員も、みんな昼間と同じ顔ぶれ。いったい何時間働くのだろうか。

週明け、学校の先生に事情を聞いて納得した。

このITパークには、グローバル企業のコールセンターが集まっている。働く人の多くはアメリカ人の顧客を相手に、アメリカ時間で働いているのだ。

セブ島の土曜日午前3時は、アメリカ東部時間の金曜日午後1時。彼ら彼女らは、完全に昼夜逆転の生活を送っている。

顧客のアメリカ人には、フィリピン訛りの英語を嫌う人もいる。ストレスの多い職場で、体調を崩す人もいるらしい。

 

この英会話学校は、600人いる先生のほとんどが20~30代の女性たち。みな対面授業の他にオンライン授業も受け持っているから、生徒の国の時間帯に合わせて、とんでもない時間に働いていたりする。

欧米の英語ネイティブと違って、フィリピン人教師の母語はセブアノ語だったり、ワライ語だったり、タガログ語だったりだ。英語を流ちょうに繰るまで、相当な努力をしてきた。

日本に来れば、まず間違いなく英語人材として上位1%に入りそうな人が、割に合わない給料で外国人相手の英会話教師や、コールセンターでの深夜業務をしている。

1日6時間、マンツーマンでいろいろな先生のレッスンを受ける中で、若さに似合わない、翳りのある表情を見せる人がいた。

Teacher's dance performance, Cebu 2025


2025年3月14日

野獣とキャミソール

 

今年もやって参りました! セブ島英語合宿シーズン!

といっても、まだ2年連続2回目だけど。

セブ島といえば、ビーチリゾートとして有名だ。でも楽園は、高級ホテルのプライベートビーチだけ。セブ市内は、ものすご~くごちゃごちゃしている。

日課の早朝ジョギングに出ると、寝ているホームレスの方々の足を踏みそうになったり、野良イヌに吠えかかられたり。おまけに交差点には信号がないから、大通りを渡るのは命がけだ。1時間走ると、20回ぐらい命がけになる。

早々に心が折れて、フィットネスクラブでゴムベルトの上を走っている。

テレビのCNNニュースを見ながら走っていると、隣ではマッチョな方々が、重いバーベルを持ち上げている。野獣のような唸り声が、響き渡る。

学校への通学路にも、交通量の多い大通りがある。慣れた様子の地元市民を楯にして、その陰に隠れて、恐々と横断する。

ちょっと前までアラブ系、ロシア系の生徒が多かったという英会話学校は、日本人大学生が目立つ。はるか北のニッポンは、いま春休み中…

同じ大学生でも、ふだん私が接している母校の山岳部員とはタイプが違う。女子に目立つのは、短パン+ヘソ出しキャミソールな人たちだ。

朝は野獣→昼はヘソ出しキャミソール

朝は野獣→昼はヘソ出しキャミソール

朝は野獣→昼はヘソ出しキャミソール

おかげさまで、変化に富んだ日々を送っている。

勇気を出して、女子学生に話しかけてみた。彼女は東京の大学の「海洋生命科学部・食品生産科学科」で、大学院進学を目指してアミノ酸の研究に取り組んでいた。人を見かけで判断しちゃいけないなぁと、改めて思う。

1日6時間受ける英会話レッスンのうち、マンツーマン・レッスンが4時間。その中に「カランメソッド」のレッスンが含まれている。先生が早口で繰り出す質問に、即座に応答しなければいけない…のだが、うまく口が回らない。

M1自動小銃の連射に、ぽろりぽろりと三八式歩兵銃で対抗しているような気分になる。

たまに挟まるグループレッスンは、ちょっとだけ憩いの時間だ。クラスメートのデイジーは、美しい韓国人女性。31歳になったので、子作りのために会社を辞めて、夫と一緒にやってきたという。

「日本人は風呂上がりにコーヒー牛乳を飲むのがお約束だけど、韓国ではバナナ牛乳よ」だって。ホントかいな。

先日はクラスを2つに分けて、英語のRiddle(なぞなぞ)合戦をした。負けた班は罰ゲームに、ニワトリの真似をして踊らなくてはならない。

いい年した大人が、これ以上ないほど真剣な顔になる。

やばい、英語が上達しちゃうかも!

Cebu Philippines, March 2025


「子どもの頃、私は~」

  「臨床心理査定特論」で、 SCT (文章完成法)という心理検査を受けた。 検査用紙に「子どもの頃、私は~」「私はよく人から~」「家の暮らし~」といった冒頭の文章だけが書かれていて、続きを自分で埋めていく。 全部で60 問あり、 30 問に答えただけで四苦八苦、疲労困憊...